千田好夫の書評勝手

美しい人

黒髪のかげのすずやかなまなざし。組んだ細い指にあごをのせ、にこやかに迎えるその人は、6畳間のこたつにいて、ジュースをストローで飲んでいる。去年までは、コップからじかに飲めていた。来年はどうなっているのだろう。

宇都宮市でキンジストロフィーの人々の会を担っていた彼女の周りには、いつも介助の人が入れ替わりに入っていた。けれども会うたびにできないことが増える。私のようにある程度固定された障害とは違う。人は、自分が何ができて何ができないかというセルフイメージを持って生きている。ところが彼女と向き合っていると、それもまた、ある瞬間での思いこみにすぎないことを思い知らされる。

なんとかしたいと思う。時間を止めたい、助けたいと思う。しかし、あまりに無力な自分。地域活動に否定的な行政を動かすこともできなければ、介助者の一人さえ見つけてくることもできない。用件がすむと、一息いれに喫茶店に行く。新聞を広げると、某大学の医学部教授がこの病気について画期的な治療法を開発しつつある、という記事が目に飛びこむ。しかしその研究がその後どうなったのかフォローする記事はついぞ出ない。

だから私は恐かった。そのような自分の焦燥感に疲れてしまう。でも、本当に恐かったのは彼女自身であっただろうに、本人はいつも落ちこんでいたわけではない。やがて自発呼吸が難しくなり、介助の人たちがローテイションを組んで交代で胸を押していたが、その中で彼女はあれこれと他人の事情に気を配り、社会の出来事を批判し、恋もしていた。

気丈な彼女も弱音を吐くことがあった。「なんでこんな苦しい思いをして生きていなければならないのか」と。私はそのとき何の言葉もかけられなかった。無力な自分を恥じているようで、実は私は自分を守っていたのだ。たまにしか会えないとしても、私には私の役割があったはずだ。彼女が亡くなって何年もたつのに、苦い想いにかられることがある。

そういう時に本書に出会った。著者のナンシー・メアーズは多発性硬化症。これは原因不明の神経損傷で、徐々に麻痺が進行する。29歳でそれと診断され、少しずつ移動の自由を失っていった。はじめはちょっと足をひきずる程度だったのが、杖を使うようになり、電動スクーターになっていった。57歳の今は、わずかにまだ動く右手で、電動車椅子を駆使してモールに買い物に行く。著者は言う。「信じるも信じないも自由だが」「私が今生きている静かでもの悲しい時間の多くは、私をおだやかにし、私の満足をはかりしれないほどひろげた。」「どれだけの人が、…その日自分が持っているささいなものがいつかなくなると知りつつ、大事にできるだろうか」 全くその通りだ、と自分に置きかえて私は思う。ポストポリオ症候群で重度化しつつある今、この心情をよく理解できる。20代・30代の自分はなかなかこうは言えなかった。そうかそうだったのだ。彼女もそうだったのだ。目の前の出来事にあたふたしていたのは私の方だったのだ。

もちろん、そう言う著者も落ちこんで自殺したくもなるし、実際にやってみたこともある。かなりせっぱ詰まった状況で家族で話し合っていたとき、著者の義理の息子がこう言った。「あなたが自殺するのは、人の気持ちをふみにじることでしょう」これだけで著者が思いとどまったわけではないが、夫や子どもとの関係、地域社会のあり方が著者を支えているのは間違いない。絶望的な状況で選択できる立場にいることがどんなに大切なことか。「あなたはたまにしか来なかったからじゃない」と、彼女の笑う声が聞こえる。私はたまにしか会うことがなかったから、変化を危機的にしかとらえられなかったのだ。変化にはそれなりに対応すべきとしても、それが人生のすべてではないのだから。