2001年10月の柿のたねニュース

就学時健康診断を考える集いを今年も開催

★自分たちで作った相談マニュアル「荒川みんなネット」の活動を聞きます。

★学校教育法施行令の改定についても話し合います。

今年の就学時健康診断を考える集いは、自分たちで就学相談マニュアルを作った荒川区の障害を持った子の親たちの話を聞きたいと思います。もともとは「補助員」の配置を区に求めるために「荒川みんなネット」は2000年7月に発足したのですが、活動の中で就学前の障害を持った子の親たちの悩みが浮き彫りになり、約15人の親たちで、「自分たちの経験を生かしてもらうために」区の教育委員会が行う就学相談、就学先の決定までの流れをマニュアルにしました。密室の中で行われる就学相談は、普通学級に子供を通わせたいと思っている親にとっては、辛いことが多い。特殊学級や養護学校へ措置しようとする区側は専門家の意見と言うことで説得の場になっている場合が多いからです。

今、この間ニュースでも何度かお知らせしてきましたが、学校教育法施行令の改定が行われようとしています。「特例措置」ということで、学級運営の邪魔にならない程度の障害を持った子については普通学級にはいってもいいけれど手のかかる子供は「違法」とまでいって排除しようとするものです。そうした場合、就学相談の場は親にとってもっとしんどい場になっていくことは目に見えています。

今回の改定では就学指導委員会で、地域の学識経験者を入れるとなっていますが、親の意見の尊重はうたわれていません。専門家の意見はもういい!。保護者の意見を尊重させるためにも、荒川の活動は具体的な取組みだと思います。

今回の学校教育法施行令の改悪を阻止するための闘いを通して、埼玉では3000人、千葉では2000人、大阪においては8割の障害を持った子が普通学級に通っていることを知りました。荒川区では障害を持った子の約半数近くが普通学級に通っているといいます。障害を持った子が普通学級に通うことはもう特別なことではないのです。目黒での活動のあり方について問い直さなければと改めて思いました。そうした実態を無視した今回の学校教育法施行令の改悪についても話し合いたいと思います。

代表の重富さんは、近頃、急にこうした場の誘いが多くなったのか、「土・日は僕が子供を見なきゃいけないんだよね。奥さんに怒られるんだ」といいながら、引き受けてくれました。そうした話も聞けたらいいなと思います。多くの人の参加をお待ちしています。

★今年も、就学時健康診断の日に全校ビラ入れをします。是非ご協力を!

★学校教育法施行令改悪反対署名にご協力を!

学校教育法施行令改悪反対の闘いは後半戦を迎えています。文部科学省は相変わらず同じ返答しかしないのですが、この間の与野党問わずのこの問題についての質問等、マスコミの関心等の中で、動揺し始めています。

この課題について、まだまだ多くの人が知りません。署名にご協力ください。一人でも多くの署名を!

ピープルファーストin北海道に洋志と孝広が参加
いろんな人と出会った。(ウルルン風)

昨日の出来事

品川駅で急行羽田空港行きに乗って、羽田空港に着きました。羽田発千歳行きの飛行機で1時間千歳空港に着きました。新千歳空港から快速エアポートで札幌に着きました。お昼を食べたらピープルファーストの会場の名前は宮の沢(ちえりあ)に着きました。

いじめの話やサングループ事件の話をきいた。中学2年生のとき川の近くにバイクがあったので、そのバイクに乗って遊んでいたら、パトカーで来た、2人のおまわりさんがパトカーから降りてきて、「このバイクはどこから持って来たの」ときかれたので、「川の近くから持って来て乗っている」といいました。

「東警察署にいって、くわしいお話をききたい」といわれ、パトカーにのせられ、東警察につれていかれました。家はどこ、名前は、学校はどこときかれました。そして、つぎの日学校に行ったら先生に、往復ビンタをはたかれました。(※1)

バスに乗って移動してグリーンホテルのパーティー会場に行きました。その会場であった人の名前は渡辺登くん、松村和弥くん、小林由紀さん、山川曜くん、岩橋さんにも会いました。ダンスパーティーで踊りました。交流会が終わったらタクシーでチサンホテルに着きました。

次の日は朝7時に起きて、百獣戦隊ガオレンジャーを見ました。ホテルで帽子を忘れたらダメ!(※2)取りに戻ったね。

地下鉄南北線で大通に乗り換えて地下鉄東西線に乗って宮の沢で降りてちえりあに着きました。今日は分科会をやりました。分科会7自立の参加者は福田孝広君です。(友達と趣味・仕事とお金・健康と栄養)の話を聞いた。(※3)孝広君はどう思った。年金がほしい。航空券がほしい。新幹線券がほしい。寝台券がほしいと思った。解散して地下鉄で札幌京王プラザホテルで山崎恵さんと菅原さんと片桐さんと洋志君と孝広君の5人でお昼ご飯を食べました。うどんを食べて片桐さんごちそうさまでした。ホテルから帰ったらお土産を買ってきました。毎日新聞のお土産を買った。

昨日と今日2日間楽しかった。来年はピープルファースト大会in熊本です。(※4)

(10/7 福田孝広)

上記は原文のままですが、同行した私(ひろし)が少し注釈をつけますね。

行ったさ。北は札幌・ふたりの珍道中。

これは、ある金クラではじまった物語。

ひろし(以下、ひ)「おつかれぇ。マスターとりあえずエビスね。あれ?珍しいじゃん孝広君がこの時間までいるなんて」

孝広氏(以下、た)「これっこれっ。ピープファーストin北海道」

「・・・」どう返事して良いのかわからず時が経つ

チェリー「なんか今週入ってからこればっかり言ってるんだよね。」

「おっ。いいじゃん行ってきなよ」周りを渡す私。。。

「誰も行かないなら俺行ってもいいよ」軽く言う私。このセリフが後々…

 2日後、柿のたねの「市」の片付けを手伝いに行った瞬間のできごと。

さえこさん(以下、さ)「孝広と北海道行くんだって?ん?ん?」

「え?何が?誰か行くの?」すーっかり忘れている私。

「なんか、北海道行くってさっきから孝広は言ってるよ。約束したんじゃないの?」

「あれ(上記)約束なの?」

「言ったことは責任持つ」

「ハイっ」返事だけは良かった。

ま、そんなことがありまして、突然決まった北海道旅行。が、しかしである3週間後に迫って、ホテルの空きも飛行機も、となると安いツアーは全滅。何とか泊まれるところと航空券を手にして出発!どうなる二人!

当日、AM7:00に柿のたね出発、一路空港へ向かう二人。そして、空港の搭乗口で「ピンポーン」と爽やかで軽やかな警告音。例のテロ事件もありかなり厳重態勢になっているみたいだ。引っかかったのは私ではなく孝広氏のほうで、ガードマンに促され両手を上げさせられる孝広氏。

ガードマン「ナイフや何かお持ちでしょうか?」

にこやかに聞いてくる。

「ハイッ」歯切れはいい。

「って、あなた。持ってないって言おうよここは、漫才やってるんじゃないだから!」

「ハイハイッ」

事情を説明しパス。離陸の際には一応気をつけてみていたのだが、全然平気な顔して外を眺める余裕もある孝広氏。こちらはいささか拍子抜け。

到着。はーるばる来たぜさーっぽろー。などと余裕をかまし会場を間違える私。大丈夫なのかウチら二人は。ま、15分遅れで会場に到着。

会場に入り、まず思ったのが人の多さである。600人入る会場が満杯。そして当然遅れてきた私達は通路に座って話を聞く。

ここで、少し説明しましょう。先ほどから「ピープルファースト」「ピープルファースト」(以下PF)って何やねんというアナタに、PFとはまず「障害者である前に人間だ」という意味で、知的ハンディを持つ当事者たちが、主催する団体。だから当然、運営するのも進行するのも彼ら達で、今まで奪われてきた権利を取り戻し、自分らしく生きるためには何が必要なのか、皆で情報交換をしあい、それぞれの地域で活かしてほしいという目的で大会が行われた。(ちなみに今回は8回目で数年前にはチェリーと邦彦氏がPF世界大会inアラスカに参加している。)と、こうやって書くとたいそうな感じがしますが、PFのことを知らずにポンとこの大会に参加してここまで書ける自分にびっくりし、彼らの伝えたいというパワーにもビックリしました。

さてさて、1日目のプログラムは、10分間スピーチで、男性女性老いも若きも当事者たちが「私達に必要な支援サービス(制度)」(発言者は6人)について話していく。

その中で一番印象深かった話は、「失敗談」でした。あるパブのホステスと知り合いあれやこれやと理由をつけては、どんどん金をせがまれ、貸して(貢いで)いく。そして自身も行き詰まり自己破産。こういう話は障害者だからどうのという事ではなくて、至る所にある話なのだが、やはり何かそれに「つけ込む」というやり方が、納得できなかった。この場合はホステスだが、誰にでもなり得る可能性をはらんでいるし、本人もそうだが、周りにいる人達(自分も含め)気を付けなければならないと改めて感じました。

そして、夕方からは孝広氏の希望によりグリーンホテル札幌での参加者交流会に参加する。乾杯の声とともに、まずは食べ物・飲み物へダッシュ。そして、少し落ち着いたところで、ダンスの部屋・出会いの部屋・自由の部屋とホールが3つに区切られました。孝広氏はダンスホールで踊っている。っていうか踊らされている感じだが、本人もなかなか楽しそうなので、ほうっておいて別会場へ。そこは出会いの部屋だったのだが、ここでようやく、いすに腰掛け改めて飲み始める。と、隣にいた方達に声を掛ける。(やっぱ、『出会いの部屋』だけに声は掛けないと…)一通り当り障りのない会話の中で「どちらの方ですか?」「兵庫のすずかけ作業所というところで指導員をやってますぅ」(ちょっと京風)「うーん。『すずかけ作業所』って聞いたことあるぞぉ何だっけ?」って、その人達に聞いてどうする!で、東京に戻って思い出したのだが、あの映画『まひるのほし』(※1)のシュウちゃんの通っている作業所だったのだ。いやはや、こういう偶然があるから面白い。で、これまた後日談なのだがその方はシュウちゃんと同じ班の指導員だって言うからね。これまた出会いのカ・タ・チ?

楽しい時間はあっという間に過ぎ去り、孝広氏の生活リズムも考え(ちょっとは介助者らしい?)PM8:30頃にはタクシーで札幌チサンホテルへ。翌朝ベッドの足元で座っている孝広氏にビックリし「何してるん?」「百獣戦隊ガオレンジャー。ハイッ」「そうか。オイラはもう一眠りってそんな時間はないわい」とりあえず起き出して朝食を食べて出発。

 2日目9:00〜の分科会にはどうにか間に合い孝広氏に聞く。

「孝広君はどの分科会に出たいの?」

「これ。大研修室。ハイッ」プログラムを広げて見せる孝広氏。

「ほうほう。大研修室か」とりあえず見る私。

「って、これ休憩室やねん。昨日も言ったけど君と漫才やるために北海道まで来たちゃうねん。一応勉強しに来たんだし、1〜12の分科会の中から選ぼうよ。なっ」

「ハイッ。これこれ第7分科会」

今度は一応まともなのを選んだのでその場所へ行く。この第7分科会は自立をテーマにしたところです。が、私は各分科会をはしごしていたので、中で何を話し合っていたかは知らないが、この第7分科会と第8分科会(恋愛・結婚・子育て)が一番盛り上がっていました。実際若い参加者たちはこちらのほうが自分にマッチしたのかな。でも、どの分科会もちゃんと、進行してたし話の中身も当事者たちからしか出てない話だけにリアル感がものすごくあって面白かった。全部は周れなかったが。

閉会式には、時間の都合上参加できなかったが、こんな感じで2日のプログラム終了。札幌駅に戻ってからは古くからの友人である人達に会い昼食をご馳走になりました。そして、その待ち合わせ場所に向かう途中孝広氏がスキップ踏んで「ヤーレンソーレン北海道」絶叫してます。ほんと楽しかったんろうな。これだけ楽しそうな彼を見るとほんと来て良かったし、こっちも楽しい思いをいっぱいしたし誘ってくれた彼に感謝である。

孝広氏は東京に戻って来て柿のたねのホームページに「30で自立」と宣言しているらしい。彼なりに何かを掴んだのではないのかな?詳しくはホームページの掲示板を見て!じゃ、この辺で。サヨナラ〜。

(ひろし)