2000年7月の柿のたねニュース

食器バザーは大盛況の巻

食器バザーといいつつも、衣類もあって、とてもパワフルな柿のたねバザーでした

「私たちもよくやってるよな」と、終わった後打ち上げをやった居酒屋でさえ子さんと話したが、本当にそう思う。

春のバザーを公会堂でやったのがつい最近の4月だった。おかげさまで天気にも恵まれ売上も好調だったが、終わった後にあまり荷物が減ってない。実際はそんなはずはないのだが、毎月の市でも出しきれず、前回やった食器バザーから少しずつ溜まった食器が、みかん箱にして80箱。「これはやるっきゃないでしょう」ということで久々の食器バザー開催の運びとなった。当初考えた6月末は会場が押さえられず、7月2日に実施。もちろん通常の第3日曜の市もやると過激な方針を立て、準備に取りかかる。

4月のバザーで受けた区の後援を、今回はリサイクル推進協会を通して取りつけ、公営掲示板にポスターを貼ってもらう。期間が間に合わず広報には載らなかったが、まあよしとしよう。次は2週にわたって土日に値段の付け替え作業。食器バザーの時は基本的にいつもの半額でビニールテープで値段ごとに色分けをする。何とか終わった。後は前日の搬入、当日の売り子さんのスタッフを手配して、天気になることを祈るだけ。

当日は晴天に恵まれ(数日後に都心を襲った豪雨に肝を冷したが)出足は好調、売れ行きもまずまずで、たしか食器限定、一部衣類ありのバザーだったよなと思いつつも、柿のたねから追加の荷物を運び入れ、いつのまにやら何でもありのミニバザーと化していた。「人が集まるんだからどんどん売らなきゃ」という執念にも似たムチが入って売上が上昇し、終わってみれば前日に出した最大目標額20万(最低ラインは10万だった)達成という快挙を成し遂げたのだった。

冷静になって考えると、これだけ頑張って20万かと思えなくはないが、やっぱり重みが違う。みなさんからいただいた提供品を活用し、柿のたねの現状を何とかしなければとの思いで奮闘して、みんなで築き上げた成果なのだ。我々が続けてきた活動をもっと普遍化していくために、これまでを総括し今後に向けた論議を今おこなっている。将来を展望するなかでは、法人化や公的助成の問題も視野に入れざるを得ないだろう。けれど安易に大樹に寄るのではなく、自分たちの基本はどこにあるのか熟慮しながら地に根を生やした活動を続けていきたいと考えている。確かに遅々とした歩みではあるが、自分たちの想いは間違っていなかったと自負していきたい。誰もが地域でともに生きていくことの意味を改めて確認するための作業だったと思う。

売上については柿のたねの修繕費用に利用させていただくこととする。もっといろんな人が出会い、関係を広げていくためにハード・ソフトの両面から変えていきたいと思う。

今回、直前に腰痛を抱え、前日当日とも戦力外通告状態でみなさんに御迷惑をかけてしまいすいませんでした。忙しい日々の中、休日を返上し頑張った柿のたねスタッフ、前日当日搬入作業や売り子として働いてお手伝いいただいたみなさん、バザーを支える物品提供をしてくださる地域の支援者の方々、そして買い物に足を運んでくれたみなさんに感謝したいと思います。今後も柿のたねの活動を支えるため御協力をよろしくお願いします。

(櫻原雅人)

はじめてのパソコン教室

柿のたねのニュースで知り教室へ通い始めて1ヶ月が経ちました。フルタイムの仕事を終え駆け足でやってくるのは実は結構大変です。私にパソコンを教えてくださる高橋先生も状況は全く同じで仕事を終えて私のもとへ飛んできてくださるのです。始めてここへ来たときから感じていることがあります。決してきれいな所とは云えないのですが空気の流れが穏やかなのです。ドアはいつも開けっぱなし、いろんな人が勝手に出入りしていてでも共通してみんなが穏やかで幸せそうな顔をしていて暗黙のうちにお互いの中にルールのような物があって,なんとも私には心地よいのです。帰りはいつもあーあ、今日もこられてよかったと幸せな気分で帰って行きます。全くパソコンは未経験の私なのですがまどろっこしい私につきあって、ゆっくりゆっくり待っていてくれるそういう事を我慢して付き合っている人と生活の中に自然に身についている人はどこか空気が違っていて、私は高橋先生に教わっている二時間がとても楽しいのです。

(平口久美子)