ドライフラワー雑記

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ダブリン市民

 中年の夫婦が、親しい人ばかりが集ったパーテーに出る。
 その帰り際、そこに出席していたバリトン歌手が昔の歌を歌う。
 それを聴いた妻が、突然、慟哭するのである。

 夫には訳がわからない。

 ホテルに帰るまで何も語らなかった妻は、少しずつ、話しを始める。
 あの歌は、彼女が17歳の頃、仲がよかったマイケル・フィアリーが
 よく歌っていた歌だというのだ。
 彼は彼女のことを思いながら若くして病死してしまった。

 夫は何も知らなかった自分に虚しさを覚え、自分は今まで死ぬほど人
 を好きになったことがあるだろうか、と自問する。

   私は妻にとってなんなのんだろう
   私は君の夫でもなく 私たちは夫婦でさえないのか
   昔の君はどんなだったか
   私にとって君はまだ美しい
   だがもはやマイケル・フィアリーが命をかけた女ではない
   何故こんなに心が乱れるのか
   何が原因なのか
   馬車で君が手のキスに答えなかったからか
   あのパーテーか
   私の下手なスピーチか、ワイン、ダンス、音楽か
   気の毒なジュリア
   婚礼の前を歌った時の あの老いた表情
   彼女も祖父や彼の馬とおなじように亡霊になる
   私は喪服を来て今夜のあの部屋に座り
   窓に日よけをおろして お悔やみにおことばを考え
   結局はつまらぬたわごとをつぶやく
   そう それももうすぐだ
   新聞は正しかった
   アイルランド全土は雪だ
   雪は暗い中央の平地にも 木のない丘にも降り積もる
   音もなくアレン島の沼にも その西にも降り注いで
   暗く渦まくシャノン川に達する
   人はみな一人ずつ死出の旅に出る
   年をとりみじめに去るより 熱い情熱をもってあの世へいきたい
   君はいつまでその胸に 
   生への未練を失った恋人の目を宿らせておくのか
   それほどの気持ちを女に抱くとは
   だがそれが恋というものだろう
   時の始まったその昔からこの世に生きた人々
   私もうたかたのようにやがて彼等の灰色の世界へ
   周囲もすべて、彼等が生きはぐくんだこの世界でさえ
   徐々におとろえ影をなくしていく
   雪はふりつづける
   マイケルが葬られたあの寂しい墓地にも
   雪は音もなくしずかに宇宙から降りそそぐ
   最後の時が来るように
   等しく生きるものと死せるものの上に




 <The Dead>はジェームス・ジョイスの15の短編集<ダブリン市
 民>の最後の作品<死者たち>を映画化したものです。



フーの実

初冬のころに、無数の実をつける

その実から無限の種を落とす

しかし

発芽したものを見たことがない

不思議






 

    

 

2001年5月13日

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