#8. 窪田氏の主張その4

目次へ #7. 窪田氏の主張その3
#9. v cosθ大行進

 「マイケルソン・モーレーの実験の今までの解釈は間違っていた」 という窪田氏の主張をこれまで解説してきました。窪田氏によれば、横方向 (AB間) の光の往復時間の計算では鏡の運動による見かけの光速の変化を考慮しているのに、 縦方向 (AC間) の光の往復時間の計算ではそれを考慮していないのが間違っている、 と言うわけです。

 では見かけの光速の変化を考慮に入れるとどうなる、と窪田氏は考えているのでしょうか? 別の言い方をすると、見かけ上どのように光速が変化する、と窪田氏は考えているのか、 ということです。

図1. 運動する物体に対する見かけの光速度
図1. 運動する物体に対する見かけの光速度

 上の図1で、物体 B (赤く塗られた四角) は C の方向に速度 v で運動しています。 その物体 B に、A の方向から光があたります。光の進行方向 (A→B) と物体 B の進行方向 (B→C) のなす角度をθとします。すると、B の速度のうち、光の方向に沿った成分は、 v cosθになります (矢印 B→D)。

 つまり、物体 B は光に対して v cosθ で遠ざかっているというわけです。そこで、 この時の物体 B に対する見かけの光速度は

c - v cosθ

である、というのが窪田氏の主張です。

 これは実のところ、かなり変な事をいっています。物体の運動のうち、 光に対して垂直な成分 (B→E) は無視して、光と同じ方向の成分だけを計算しているのです。 しかし、その事は後で考える事にして、先に進みましょう。

 以上の考え方に基いて、マイケルソン・モーレーの実験装置の鏡 C に対する見かけの光速を次のように計算します。

図2. 鏡 C に対する見かけの光速
図2. 鏡 C に対する見かけの光速  左図2 は、もう何度も説明した図ですが、鏡 C は右方向に速度 v で動いているので、 A から真上に放った光は鏡 C には届かず、斜め方向に放った光が C' の位置で鏡 C に到達します。 この時 A→C' と進んできた光の進行方向と、C→C' と進んできた鏡 C の進行方向のなす角度θは、 図からわかるように

cosθ = v/c
です。

 これに先の図1で説明した考え方を適用すると、鏡に対する見かけの光速度 c' は、

式8-1 : 見かけの光速度 c'

となります。したがって、鏡 AC 間の光の往復時間 t2は、AC 間の距離が L ですから、

式8-2 : AC間の光往復時間 t2

となり、AB間の往復時間 t1 と等しくなります。 したがってマイケルソン・モーレーの実験で t1 と t2 の差が検出できなかったのは当然である、と言うわけです。

 #5〜#8 の4パートを費やして今まで長々と説明してきましたが、窪田氏が 「相対論の間違いを発見した」と主張する最大の根拠がこの c - v cosθです

 しかし、既に述べたように、運動する物体に対する見かけの光速が c - v cosθになる、 というこの主張は、物体の運動のうち、光と同じ方向の成分だけを考え、 垂直な方向の成分は無視しています。これが正しいとすると、θが90°なら、 v がどんなに大きくても (相対論と違い、窪田氏の説によれば物体の速度に上限はない) 見かけの光速は c、という事になってしまいます。

なお、窪田氏は、 この式はθに関係なく成り立つ、と述べています (「崩壊する相対性理論」P.9)。

 窪田氏自身、この事は自覚しているらしく、「崩壊する相対性理論」P.75 で次のように書いています。

 なお、この v cosθは鏡の速度ベクトルを、光線ベクトルに投影して求めたものなので、 正確な C'C'' 間距離 (図4*1 参照) ではないという意見もありますが、私は少なくとも、 マイケルソン・モーレーの実験解析には有効だと思っています。

(引用者注 *1) 「崩壊する相対性理論」P.8 の図4。 同 P.52 の図13とほぼ同じ図です。図13は「#6.窪田氏の主張その2」 に引用済みですが、下に再掲します。

「崩壊する相対性理論」図13 (再掲)
図13

 なお、v cosθが C'C'' 間距離を表す、という記述は今一つ意味不明です。 元々この図13 (または図4) で窪田氏が説明しようとしている主張自体が 「#6.窪田氏の主張その2」で述べたように勘違いの産物なので、 意味不明なのは当然といえば当然ですね。

 どちらにしても、この記述から、 物体の運動方向のうち光線方向だけを考えるのは厳密な計算ではない、 と窪田氏自身が認めている事は確かなので、ここに引用しました。

 つまり、光線の方向と垂直な成分を無視するのは厳密な計算ではないが、 マイケルソン・モーレーの実験の考察をするには十分な精度の近似である、 と窪田氏は主張するわけです。本当にそうなのでしょうか?

「正確な計算ではない」

という意見に対して、

「マイケルソン・モーレーの実験解析には有効だと思っています。」

「思っている」の一言で済ませられればそれは楽でしょうが、 もちろんそうはいきません。

 物体の運動速度のうち、切り捨てられている「光線の方向と垂直な成分 (図1の B→E) は、

v sinθ

になります。つまり、物体 B は光に対して v cosθ で遠ざかると同時に、v sinθ で横に逸れるわけです。これを考慮すると、

式8-3:垂直方向を考慮した c'の計算(1)

cosθ = v/c だから、

式8-3:垂直方向を考慮した c'の計算(2)

 と、結局 #7.1.2 で求めた見かけの光速と同じになります。 当然鏡 AC 間の光の往復時間も、#2で求めた t2 になります。

 つまり、窪田氏の言う「十分な近似」、とは、

式8-5
式8-6

ほぼ等しい、という近似なわけです。しかし、元々マイケルソン・モーレーの実験は、

式8-7
式8-8

の差を測定する実験なのです。つまり、窪田氏がやっているのは、

二つの値 a と b の差を測定しようとする実験の解析に、 a≒b という近似を使ってしまう
事なわけです。こんな近似が許されるなら、どんな結論でも思うがままに出せますね。

 長々と説明してきましたが、これが窪田氏の「大発見」、c - v cosθの正体です。

「マイケルソン・モーレーの実験解析には有効だと思っています。」

「思うだけ」なら簡単ですね。

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