#4. 特殊相対性理論

目次へ #3. ローレンツの理論
#5. 窪田氏の主張その1

#4.0 相対性理論の登場

 1905年、当時無名の若者だったアインシュタインは「運動する物体の電気力学」 という論文を提出します。この論文が、 今日特殊相対性理論と呼ばれる理論に関する最初の論文です。

 ローレンツらの理論が、「絶対静止系が存在すること」を前提として、 「なぜ地球の絶対速度が測定できないのか」を説明するものであったのに対して、 アインシュタインの理論は、 「地球の絶対速度は測定できなかった」という事実を受け入れて、 絶対静止系の存在を仮定しなくても矛盾のない力学と光(および電磁場) の理論が構築できることを示したものでした。

 相対論の基本となるのは、以下の二つの原理です。

(特殊)相対性原理

力学の法則、電磁気の法則など、 すべての物理法則はどの慣性系でも同じである。

光速不変の原理

真空中の光の速さは光源の運動に関係なく一定である。

これらの原理について解説する前に、慣性系について少し解説することにしましょう。

#4.1 慣性系とガリレイの相対性原理

 ニュートンが確立した力学の基本3法則は、以下のようなものです。

第1法則(慣性の法則)

力が作用していないとき、すべての物体は静止、 または等速度運動をする。

第2法則

物体に力が作用しているとき、物体の加速度は力に比例する。

第3法則

作用と反作用は大きさが等しく、向きが反対である。

 これらのうち、第2法則の力を0とすれば、第1法則が得られます。 ですから一見第1法則は無駄のように見えますが、ここで気をつけなければならないのは、 第1、第2法則には「静止」「速度」「加速度」といった概念が登場することです。 ある物体が静止しているかどうかは、基準となる座標系(観測者といってもいい) を決めなければわかりません。速度、加速度も同様に、座標系を決めて初めて意味を持つ概念です。

 実は、第1法則は第2、第3法則が成り立つような座標系を決めるための法則なのです。 外力が働いていない物体が静止、または等速度運動をするような座標系を定め、 その上で力学を考えよう、というわけです。このような座標系を慣性座標系、 あるいは慣性系といいます。

 さて、慣性系を一つ定め、これを K と呼ぶことにします。 K に対してある速度 v で等速度運動をする座標系をとり、これを K' とします。 K' で静止している物体は K で見ると、速度 v で等速度運動をしています。 K は慣性系ですから、第1法則により、速度 v で運動している物体は外力が作用しない限り、 速度 v で運動し続けます。これを K' で見れば、静止している物体は外力が作用しない限り、 静止しているように見えます。つまり、K' でも第1法則が成り立っているわけです。

 ですから、慣性系を1つ定めると、 それに対して等速度運動をしている座標系は全て慣性系になります。つまり、 慣性系は一つだけではなくて、無数にあるわけです。そして、それらすべての慣性系で、 ニュートン力学の3法則が同じように成り立ちます。逆に言えば、 力学の法則に関する限り、全ての慣性系は対等で、「特別な慣性系」は存在しない、 ということがいえるわけです。

 この事にはニュートン以前にガリレオ・ガリレイが気が付いていました。 そこで、この事を、「ガリレイの相対性原理」と呼びます。

 ガリレイはコペルニクスの地動説を支持していました。大地が 30km/s もの速さで動いているなら、その影響が感じられるはずではないか、という意見に対して、 大地に固定した座標系も (近似的には) 慣性系だから、 静止しているのと同じ力学の法則が成り立つのだ、と反論したのです。

 もちろん大地は厳密には慣性系ではありません。地球の運動は等速度運動ではなくて、 自転と公転の組み合わさった複雑な螺旋運動だからです。しかし、ごくせまい範囲、 短い時間の間なら、近似的に慣性系と考えても構わないわけです。

#4.2 アインシュタインの相対性原理と光速不変の原理

 力学については相対性原理が成り立つことがわかりましたが、 光や電磁気についてはどうでしょう。 光や電磁気についての法則はマックスウェルにより発見されました。 しかしニュートン力学の法則と違って、マックスウェルの法則には光速度 c が含まれています。 19〜20世紀初頭の物理学者たちは、マックスウェルの法則が厳密に成り立ち、 光が全ての方向に同じ速さ c で伝わる特別な慣性系が存在すると考えていました。

 この事はすでに第2章で述べました。 このような特別な慣性系絶対静止系と呼びます。 しかし、既に述べたように、絶対静止系に対して運動している慣性系では光の速さは見かけ上変化するはずなのに、 その変化がどうしても検出されなかったのです。

 そこで、アインシュタインは、ガリレイの相対性原理を力学法則だけでなく、 電磁気も含めた全ての物理法則についても成り立つように拡張しました。つまり、

力学の法則、電磁気の法則など、すべての物理法則はどの慣性系でも同じである。

というわけです。これをアインシュタインの相対性原理、あるいは特殊相対性原理と呼びます。 なお今後「相対性原理」といえばこの「アインシュタインの相対性原理」を指すことにします。

 「絶対静止系」は「その系でのみ電磁気学が厳密になりたつ特別な慣性系」のことですから、 相対性原理によれば、「絶対静止系」のような特別な慣性系は存在しません。ですから、 アインシュタイン以前の物理学者が考えたような、「光速の見かけ上の変化」も存在しません。

 そこでアインシュタインは自分の理論を構築するにあたって、 相対性原理に加えて次の原理を提案しました。

光速不変の原理(光速度不変の原理ともいう)

真空中の光の速さは光源の運動に関係なく一定である

一見これは、第2章冒頭で挙げたアインシュタイン以前の認識、

光の速さは光源の運動に関係ない。

と同じことをいっているようにしか見えません。しかし、 第2章のそれは「絶対静止系に対する速さ」です。しかし、 アインシュタインのそれは「任意の慣性系」に対する速さが一定である、といっているのです。 もちろん、光は電磁波であり、その速さはマックスウェルの法則によって定められます。 ですから、相対性原理がマックスウェルの法則にも適用されるなら、 光の速さも全ての慣性系で一定となるわけで、光速不変の原理は不必要に思えます。

 なぜアインシュタインがこの一見不必要な原理を加えたのか、については、 いろいろな説がありますが、私は以下のように考えています。

 相対性理論では c は単なる「光の速さ」ではなく、 あらゆる物体の運動に関わる重要な定数です。ですから、「光速が一定である」 ということは、単に「電磁気学の結果」として出てくる2次的な法則ではなく、 むしろ c という速さは宇宙を律する基本的な定数の一つで、 その結果として電磁気学において光の速さが c になる、というべきなのです。 そのことを強調するためにわざわざ「光速不変」を独立した原理として提案したのでしょう。

#4.3 窪田氏登場

 以上の2つの原理をもとにして、アインシュタインは特殊相対性理論を構築しました。 特殊相対性理論の帰結として、

  1. 運動する時計の遅れ
  2. 運動する物体の収縮
  3. 「同時」の相対性

といったさまざまな結論が得られます。しかしここではそれらについて説明はせず、 いよいよ窪田氏の主張の内容に入ることにします。上に挙げた現象は必要になるたび、 その都度説明することにします。

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