谷川岳/一ノ倉沢/南陵

谷川岳/一ノ倉沢/烏帽子岩/南陵

ARIアルパインクラブ/角田光正、川崎労山/草薙修


< 記 録 > 角田 光正



(日程)1996年8月30日(金)夜発−9月1日(日)

 ARIアルパインクラブ若葉組(^^;の角田です。谷川デビューを初投稿します。
(東尾根は撤退しました。)

CL 草薙 修  (川崎労山) 角田 光正(ARIアルパインクラブ)

8月30日 移動 横浜−一の倉出合


8月31日 東尾根

マチガ沢出合(06:00)-マチガ沢-厳剛新道(07:45)-トマの耳(10:10)-西黒尾根・厳剛新道-マチガ沢出合(15:30)

  天気予報が朝・夕一時雨で日中は回復するとの予報なので、雨の中沢登りを開始する。沢靴ではないので
滑らないように神経を使うが、楽しい沢登りである。

 約90分後、雪渓にぶちあたる。沢の幅いっぱいの氷がアーチを作ってぱっくりと口を開けている。雪渓
に対する装備がないことと、それより何より9月の残雪である。

 草薙さんはこの谷川で6月に雪渓が崩れて亡くなった方の救助にあたっており、私たちは沢を巻くために
急な斜面をやぶ漕ぎをして登る。クマザザにつかまり、すべりながら必死に登ると厳剛新道に出た。

 偵察も兼ねて登る事にする。天候の回復を期待したが、雨が上がって明るくなった程度でガスは晴れず、
雨中のハイキングとなった。ピークハントのパーティが新潟は晴れていた言う。2度目の谷川岳ピークはな
んだかちっとも感激が無かった。人の多さに驚く。

 肩の小屋ではビールで宴会をしていた。私たちもビールで一眠りしたい気分だったが、下山して湯の小屋
温泉でリフレッシュして明日に備えた。

9月1日 烏帽子沢奥壁 南陵 (草薙オールリード。下部2ピッチ上部4ピッチ)

一の倉出合(4:45)-烏帽子スラブ取り付き(5:15)、上部(6:00)-南陵テラス(06:30)-草付き上(07:50)−
南陵終了点(09:45)-烏帽子尾根稜線直下(12:00)-一の倉岳(14:15)-トマの耳(15:40)-西黒尾根・厳剛新道-
マチガ沢出合(18:00)

 霧がかかっていた。一の倉出合から雪渓があり驚く。巻き道を歩き、注意して雪渓を歩く。沢一杯に雪
渓が広がっている。いつも入るところというところも雪渓で埋まって頭だけ出ている。雪渓から飛び降り
てスラブに取り付く。

 すぐ後ろに2人のパーティがずんずん近づいて来たのでゆずる。横須賀登高会のメンバーだった。スラ
ブの危険地帯の松の下を抜け一息付きスラブに取り付く。天気はすっかり晴れていた。すぐにわいわい人
が増えてきた。

 ビレイをしながら聞いた事がある声だと横目で見るとベルニナの堀江さんがいた。一息付いたらあいさ
つしようと次に振り向くとすでに下降されていた。

 登り始める。南陵スラブを雪渓が囲んでいる。スラブ状フェースからチムニー。取り付きに少し手間取
るが、それからは右面を登る。スラブの上から2ピッチ目。草付きをコンテで登って一服。雪渓がまぶし
い。上部1ピッチ目で次のパーティが来た。リッジからフェースへ。ラストが少し恐かった。所々水が出
ていてそれがいやらしかった。

 6ルンゼ下降の予定だったが、雪渓が多く危険なので上から回る事にする。何回か登っては下るを繰り
返し、ロープ出して下降ルートらしいところを登る。烏帽子尾根稜線直下に出てほっとするがそれが長い
登りの始まりだった。烏帽子尾根は先日の前穂北尾根より緊張感があった。一の倉岳に着いたときは本当
にほっとした。「よくやったな」と草薙さんが手を伸ばし握手。8年か9年の付き合いの中で始めてでは
ないか。

 何だか感激する。ここで前にビバークしたんだよとトタン小屋を差す。連ちゃんで谷川岳に登頂。ガス
の中だった。下っていると荷揚げのヘリが見えた。何だか一日中ヘリが飛んでいたような気がする。(後
日談・・・事故があったらしい。雪渓を下っていく人を草薙氏が目撃している)厳剛新道からは昨日のガ
スに覆われていた沢が良く見えた。

 2mくらいの穴が10mになっていた。この崩壊した音は聞いている。昨日のだるかった下りとはちが
って東尾根の偵察もできた有意義な下りだった。

 この南陵は次に来たときもリードする自信は無い。リードともっとスピーディーにザイルの操作をした
りする練習をしようと思った。


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