甲斐駒ヶ岳/大武川支流/赤石沢遡行

関西岩峰会/梁瀬俊之、槙野勝治


<山行日> 1999年8月12日(木)〜8月14日(土)<記録> 梁瀬俊之



 今年の盆は、大武川支流赤石沢を遡行し奥壁左ルンゼに継続する予定で甲斐駒に入りました。しかし運悪く、 熱帯低気圧の接近による大雨のためにAフランケのAバンドからエスケープするハメになり、結局赤石沢の最上 部及び左ルンゼの登攀は出来ずに終わってしまいました。また機会があれば、せめて食い残しした左ルンゼも 含めた赤石沢最上部だけでもやりたいと思います。

8月12日 (曇り)

 大武川〜赤石沢大滝下>

 前日の22時30分に滋賀県の大津市を出発。今回は我々にとっては比較的早い時間の出発だったので現地に ついたら少しぐらいは寝られるだろうと思っていたのだが、大武川林道の入り口がわからず1時間以上もうろう ろしてしまったために、結局また仮眠を取る暇のない出発となった。

 しかもどこから入渓すれば良いかで更に 迷ってしまい、まともに遡行を開始したのは8時になってしまった。入渓してすぐ10〜15mの滝に出くわ し右岸から巻くがその巻きもかなり悪く、いきなりロープを出すハメになる。大武川は沢の中にいる時間より 左岸又は右岸を巻いてブッシュこぎをしている時間のほうが長いような気がする。  流水に磨かれた花崗岩の滝 はヌルヌルで数mの滝でも傾斜がきついと手がつけられない。そんな滝が頻繁にでてくるので、その都度巻か なければならず、かの日本登山体系に記述してある「明瞭な踏跡」も、殆ど人が登られなくなった現在ではブ ッシュに覆われた「不明瞭な踏跡」となってしまっており、その結果大武川の遡行の殆どが「不明瞭な踏跡」 の藪こぎによる前進となってしまっていた。

 そのため登攀として技術的に困難なところは殆ど無く、1回だけ巨岩の乗り越しで荷上げをしたのみだった。 13時頃に赤石沢の出合に着いた。出合は赤茶色っぽい岩がゴロゴロしており、まだここからでは上流の岸壁 群は望む事は出来ない。しかし摩利支天が見えてから次に右に出合う沢が赤石沢と考えれば、赤石沢の出合は すぐにそれと確認でき、見落とす心配はよほどでない限りは無いと思われる。

 赤石沢大滝より下の部分の遡行はその殆どが右岸の巻きになる。最初の滝を右岸から巻き、本流にもどり少 し登るとすぐに次の滝が出てくる。その滝のすぐ横にあるガリーをやや高めに上がると右手に踏跡らしきもの が出てくるのであとはその踏跡を、赤石沢大滝の落ち口が見えるゴーロ帯まで辿ればよい。踏跡は大武川のそ れよりかは、もともとブッシュが少ないせいか、だいぶ良かった。

 16時位に赤石沢大滝の真下に着き、ちょうど良い時間だったので、この日の行動をここで打ち切った。日 本登山体系には夜行で入山した場合、大滝の下辺りがビバーク地となる、と書かれているが少なくとも大滝の 真下には快適に寝られるビバークサイドは全くといっていいほど無い。たぶん大滝より少し下のほうがより良 いビバーク地が得られるのではと思う。我々は下に戻るのが面倒だったので大滝の真下で不快な一夜を過ごす 事を選んだ。

8月13日 (曇りのち大雨)

 赤石沢大滝下〜S状ルンゼ出合下のチムニー滝(最高到達点、ここで撤退)〜Aバンドの岩小屋

 昨晩は雨が降っていた。明け方には止んでいたが大滝の上はガスに覆われていて今にも降り出しそうだ。こ んな天気の日はやる気がそがれる。大滝は2時間かけて左岸より大巻きした。赤石沢はこの大滝を境に上と下 で雰囲気がガラリと変わる。まず巻く事が殆ど出来なくなる。仮に巻く事が出来ても巻き自体もかなりいやら しく、滝が出てくる度にロープを出さなければならなかった。残置支点は皆無と言っても良いほど乏しかった が、そのかわりクラックが多くキャメロットやハーケンが良くきいたのでその点は非常に助かった。

 10時半〜11時位にAフランケのAバンド出合に着いた。左岸側に大岩壁がおおいかぶさるようにそそり立っ ている。が、壁に取り付いているパーティーは一人もいない。殆どガスで覆われており、いつ雨が降り出して もおかしくない天気なので当然といえば当然だ。我々自身もこの天気がこのまま回復する兆しが見えなかった らAフランケとBフランケの間のガリー、Bバンドからエスケープする心づもりでいた。しかし天気はそこに到達 するまでは待ってくれず、S状ルンゼ出合下のチムニー滝に取り付こうとした所で土砂降りになってしまった。

 今までチョロチョロとしか流れていなかった滝は、たちまち凄まじい落水音を放つようになり、慌てて懸垂 支点を作り下降を開始する。3ピッチの下降でAバンド出合についた。最後の懸垂は右岸から左岸へ、滝に打た れながらの懸垂となったが、これさへ降りたら後は岩小屋まではすぐだった。しかし後続の槙野氏が懸垂の途 中で、滝に打たれるのが怖いのかもじもじしてさっさと降りてこようとしない。

 それどころかまた上に登り返そうとしている。「何をやっとるのですか!!。」と怒鳴るが返事さへしてこ ない。こっちを見ているので自分がわめいているのは見えている筈なのに・・・。何回か怒鳴るが、たまに「え ?。何か行った?。」と言った感じの能天気なしぐさをするのみで何で降りてこないのかを言おうとさへしない。

 だんだんイラつきを通り越してムカついてきた。「さっさと降りてこんかい!!。」という感じの怒りのこ もった大きな手招きでようやくしぶしぶ降りようとしてきたが、時既に遅し。水流をトラバースしようとした 瞬間、水の色が急に茶色に変わり土石流となってしまい、この時点で完全に槙野氏と離ればなれにされてしま った。

 「もたもたしてるからこんな事になるんや!!。」槙野氏は既に上のブッシュ帯に避難してポケーッと突っ 立っている。自分は、と言うとまともに避難出来る所といったら少し上の快適そうな岩小屋しかない。そもそ も自分のミスでこんな事態になってしまった訳ではないし、槙野氏もそれなりの経験の持ち主なので自分で何 とかするだろうと、先に岩小屋に避難して彼が来るのを待った。岩小屋は快適だがさんざん雨に打たれたので 寒くてしょうかない。

 ガスは槙野氏が持っている。もし今日一日槙野氏がここに来れなかったらガスなしのビバークになる。しか し幸いな事に1時間ほどして上がってきてくれたので、ガスなしビバークという最悪の事態は何とか免れた。視 界の効かないガスの中を、のそのそと登ってきた槙野氏を確認した時、槙野氏が来たと言うよりむしろガスが 来た、と言う事に非常に安心感を憶えたものだった。

8月14日 (大雨)

 Aバンドの岩小屋〜八丈沢左俣〜黒戸尾根八合目〜駒ケ岳神社

 昨日から本格的に降り出した雨は、今日になっても全く止む気配を見せず雨の中をAバンドをつめていく。湿 ったブッシュは最悪だ。しかも針のように尖った葉っぱが沢山生えておりチクチクと痛い。所々にフィックスロ ープがあるので非常に助かる。8時すぎに黒戸尾根に出た。予定では昨日、兄貴がAフランケの赤蜘蛛をやるた めに八合目の岩小屋に来ている筈だがはたしてこんな雨の中登ってきているのだろうか?。

 もし登ってきているのならば心配しているだろうから、念の為岩小屋に確認しにいったら予定どうり来ていた。 何もしないで帰るのもしゃくなのでAフランケのアプローチを確認しにいく、と言って我々が来た後すぐに出て いったが、その間我々は岩小屋の中でポケーッと休息していた。

 兄貴達は北沢峠下山なので偵察から帰ってきた後、すぐに別れて我々は黒戸尾根を下山した。帰りは駒ケ岳 神社からタクシーを呼んで、大武川林道の車を置いてあるところまで入ってもらった。タクシーの運転手は、 車がこわれるだの雨で崖がくずれるだのと奥に入りたくない様子だったが、「大丈夫、大丈夫。我々の車も入 れたんだから。」と言って無理矢理、車のところまで入らせた。


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