谷川岳/一ノ倉沢/二ノ沢右壁

獨標登高会/西片裕、寺田正之


<山行日> 1999年6月12日(土)〜13日(日) <記録> 寺田正之



6月12日(土)晴れ(一ノ倉は夕立有り)

 西片と16:00にJRお茶の水駅で待ち合わせをしたが、カミさんが昼に美容院に行った きり帰ってこない。今回の山行は、ここからけちが付いていたのかも知れない。時間 はすでに15:20。4歳の息子に「一人でお留守番できる?」と聞くと「大丈夫」とい う。子供を残して葛飾の自宅を後にする。(ひどい親だね!)こういうときに限って 道も混んでいる。10分遅れでお茶の水に到着。水道橋のさかいやスポーツモンベル館 でちょっと買い物をして、飯田橋経由で一路関越道の入り口を目指す。目白通りも結 構混んでいて、18:00練馬インター。関越は順調で19:20水上インター到着。コンビ ニと酒屋で買いだし。20:00一ノ倉の駐車場着。車中で酒盛りをし、21:00就寝。

6月13日(日)快晴

 3:30起床。軽く食事をし身支度を整え4:10出発。雪渓がしっかりしているのでアプ ローチが楽だ。4:35テールリッジ。さらに左上し二ノ沢の出会いに行こうとするが 雪渓が急で登れない。二ノ沢側の緩い岩壁にトラバースし、雪渓との段差を飛び降り る。なんとこことで雪渓下の濡れた滑り台状の岩で滑ってしまい、5メートル程滑落 してしまった。左手首から出血したが大したこと無い。それより体中泥だらけでいき なり出鼻をくじかれてしまった。

 ここからフラットソールに履き替え、階段状の岩を詰めていく。岩場は次第に傾斜を 強めていき、小さい滝の手前でロープを出す。2ピッチで滝を越えさらに簡単な岩場 を詰めると目の前に三股下大滝が現れた。下の小滝を越すと目の前には大滝が美しい スラブを流れ落ちている。ルートは左右にあるが右のルートを選んだ。寺田のリード で取り付く。途中ピッチを区切り、西片にトップを変わり8:10滝の上にでた。少し クライムダウンし、滝の落ち口で大休止。靴を脱いで流水に足を浸けたり、顔を洗っ たりしばし和む。

 ここから右股に入るとルートは狭いルンゼ状となる。最後に濡れたチムニーを越える と、白く明るく広いスラブが広がっていた。谷川とは思えない景色に二人とも感動す る。ルートはここで右股と右壁に別れる。右股にはちょろちょろとした水流が有った。

 ここから右壁の始まりだ。広大なスラブの真ん中に、コの字状の岩溝が走っている。 斜度はさほどでもない。その中をコンテでぐいぐい登る。やがて岩溝も無くなり、壁 はどんどん傾斜を増してくる。左手のピナクル状の岩の手前で行き詰まり、ロープを 解く。ピトンを打とうとするが、リスが見あたらない。しょうがないのでだましだま しノープロで登り傾斜が緩んだ所でピッチを切る。もう2ピッチIV級のルートを登り 、次はいよいよ本ルートの核心、帯状ハング(IV・A1)だ。12:00西片のリードで 取り付く。途中不安定な態勢で2本ほどネイリング。さらにハングの下にの穴に無理 矢理キャメロットをねじ込む。(割と効いていた)アブミを出してハング上にでてピ ッチを切る。核心部は2本ほど残置が有った。この時点で14:30。残置がほとんど無 いので、ピトンを打つ場所を探したり、ネイリングに予想以上に時間がかかってしま った。

 残りの4ピッチをあきらめ滝沢リッジにエスケープする。これが失敗。踏み後はある 物のめちゃくちゃ悪い草付きだ。一歩誤れば滝沢スラブに真っ逆様。疲れでへろへろ になってドーム基部の大バンドに到着。この時点で16:00。Aルンゼを懸垂し、これ を詰めれば稜線だと思いながら草付きをトラバースする。しっかりした懸垂用の支点 が有ったのだが、何とAルンゼは今にも崩壊しそうな雪渓で埋まっていた。二人とも 唖然とする。すでに疲れと、寺田はクライミングシューズの痛みで登攀意欲が無くな っていた。しかしドーム壁を登らなくては稜線に抜けられない。ドーム壁は黒くハン グして、威圧感を持って我々の前に立ちふさがっている。寺田は泣きが入り、西片に 全ピッチリードをお願いする。

 17:10横須賀ルートに取り付く。核心部でアブミを出すが。残置にかかったスリング が切れそうで難渋する。お互い元気な時なら何でもないルートなのだろうが、疲れ切 った身体には辛い。ただ右壁と違い、残置が多いのが救いだ。何とかハングを抜けて ピッチを切る。時間がないのでセカンドはフリーでフォローする。2ピッチ目から傾 斜も緩み、予想外にスピーディに登れた。最後の草付きをコンテで登ればそこがドー ムの頭だ。

 この時点で19:20。あたりはにわかに暗くなり始めた。この先細いリッジをクライム ダウンしてさらに。級ほどの岩峰を登らなければならない、しかしこの暗さでは危険 だ。ここで1デイアッセントの敗北宣言。ドームの頭でビバークを決める。明日会社 を休む事になるが、気が楽になった。携帯で家族に連絡を取る。滅多に会社を休まな い私が会社を休むということで、カミさんはかなり心配したようだ。残り少ないレー ションと水分を補給する。カッパを着てザイルを敷き、ザックに足を突っ込み、クラ イミングシューズを枕にツェルトにくるまる。申し分ないビバークサイトだ。一の倉 の出会いの駐車場が見えるのに、なんと遠く感じるのだろう。翳りゆく一の倉の景色 をみながら20:00ころ就寝。

6月14日(月)快晴

 寒さで1時間に一回は目が覚めたであろう。0:30くらいにAルンゼ側で雪渓が崩壊す る大音響が響きわたった。安全な所にいるのだが肝を冷やした。2:30くらいが一番 寒かっただろうか?標高1860メートルでツェルトの中は13.6度だった。太陽が顔をだ してからはぽかぽかと暖かく、寝坊を決め込む。7:00起床。岩燕達が乱舞している 。7:15出発。もう一つの岩峰を越えると踏み後があった。8:00ここで西片が会社に 電話を入れる。さらに急峻な草付きを登り、岩場を越えると雪渓が有った。ちょろち ょろと水がひた垂れている。ありがたい水筒で水を受けがぶがぶ飲む。さらに雪渓で 濡れた岩場を登り、踏み後をたどれば国境稜線にでた。9:10オキの耳。途中寺田が 会社に電話を入れ、本日予定している仕事を同僚にお願いする。それにしても平日と いうのにジジババ達が大勢登って来るのには驚いた。10:40天神平。自販機のコーラ で乾杯。ロープウェイで下山する。

 出会まで西片がクルマを取りに行ってくれると言うので甘える事にする。指導センタ ーでしばし昼寝。指導センターの方の話によると昨日飛んでいたヘリは、南稜で懸垂 に失敗し女性の方が亡くなったという。ご冥福をお祈りします。ユテルメで汗を流し 、ロードサイドの岳乃井という和風レストランでちょっと贅沢な昼食。会社の土産に 薄皮饅頭を買ったのは言うまでもない。帰路は新座の駅で西片を降ろし、家に着いた のは18:00近かった。翌日出社すると寺田は遭難した事になっていたらしい。

 こうして二ノ沢右壁を1日で抜けることは出来なかった。ガイドブックのコースタイ ムによれば、右壁の出だしからドーム終了まで6〜8時間。我々は10時間ほどかかって しまったのだから、実力不足は否めない。明るい内に稜線まで抜けられれば何とかな ったかも知れないと思うとちょっと残念だ。しかし梅雨時にもかかわらず天候にも恵 まれ、明るく開けたスラブで自分達でネイリングするというスタイル、またビバーク や会社を休んだことで非常に充実した山行であった。

【二ノ沢右壁 ルート情報】

●ルートについて

 ガイドブックに依れば、ルートファインディングが難しいと有りました。ただ壁の登 りやすい所を登っていけば、終了点にたどり着けました。 ルート自体は岩も硬く、浮き石も少なく、フリクションを効かせたフリークライミン グが楽しめます。何より烏帽子沢奥壁や衝立の喧噪から離れ、自らネイリングしてい くという冒険的なスタイルに感動しました。テールリッジの行列や南稜テラスは順番 待ちの大渋滞を後目に、右壁は我々1パーティのみの貸し切り状態でした。 天候や時間が許すので有れば、1泊2日の行程をお勧めします。1日目は右壁をゆっ くり登り、ドーム基部の大バンドの落石の危険がないところで幕営。2日目はドーム を登った方が両ルートを楽しめると思います。

 今回ドームの基部にはわずかに真っ黒になった雪の固まりが残っていましたが、今後 はAルンゼまで懸垂で水を汲みに行かなければならないでしょう。(他の水場を知ら ないので...。)

 ガイドブックによればドームをエスケープしてAルンゼに逃げても良いと有りました が、通常7月末まで雪渓がのこり、それ以降も濡れていて悪くグレードもIV級。登攀 時間もドームを登るのとあまり変わりません。Bルンゼにエスケープも可と有りまし たが、今くらいの時期はまだ雪渓が残っているでしょう。

 ドーム壁横須賀ルートは岩も硬く、残置も多く気が楽です。1ピッチ目のハングの核 心部、ハンドジャムがばっちり決まります。ハンドサイズのカムチョックが有れば、 フリーでチャレンジするとき重宝するでしょう。フリーの場合V級十だそうです。 ドームの頭から一度クライムダウンしてもう一つ岩峰を登ります。今回一度Aルンゼ 側にトラバースしてから直上しましたが、リッジをそのまま登っても良いようです。 (ともにIII級程度)

 なお三股下大滝の水流脇のスラブは本当に綺麗でした。ボルトを打てば素晴らしいフ リークライミングのルートになるでしょう。

●支点に付いて

 ルート中、中間支点の残置は数える程しか有りませんでした。またピトンの打てるリ スも得にくく、クラックもほとんどありません。ただ難しいところでも、2〜3手我 慢すれば何とかなります。ノープロで登る、有る程度の慣れが必要でしょう。ただ精 神的にめちゃくちゃ疲れます。

終了点は残置が2本有れば良いほうです。1本や全くないところもありました。 もし途中で撤退となる場合、全ピッチ分の下降支点を作らなければならないのであま り現実的とは言えません。ガイドブックにも途中撤退は不可能なので、くれぐれも事 故や天候に注意と有ります。

●ギア関係

 ピトン類は必携です。最低ナイフブレード5枚、アングル2枚、ロストアロー1枚は 必要です。またロックスの中間サイズ、エイリアン3/8・5/8、フレンズ00〜ハンド サイズまで有ると便利です。 ハンマーもネイリングの回数が多いので、軽量の物でなくずっしりした物の方が良い でしょう。

●虫対策

 往路寄った酒屋の女将さんに「一ノ倉はブヨが凄いよ。」と言われたのですが、まさ かこれ程とは。ルートの途中からまとわりつかれていたのですが、ドーム壁でビレイ 中ブヨの大群に襲われました。おかげで耳たぶ、耳の裏、首筋、後頭部(髪の毛の中 )くるぶし(裸足でフラットソールを履いているので)腕と合わせて100箇所近く食 われてしまいました。1週間経った今でも腫れが引かず、かゆいです。アレルギー体 質の方はシュック状態になる可能性もあるので注意が必要です。季節的にいつが一番 ブヨの活動が活発かは不明ですが、とりあえず防虫スプレーや場合によっては防虫ネ ットも必要です。これらの虫を補食するため、岩燕が乱舞する姿は圧巻でした。

●携帯電話感度状況

 前回もご報告しましたが、一ノ倉出会いや本谷下部は圏外です。ただルートの途中か らアンテナが立ち始め、上部ではアンテナ3本。おかげで会の事務所や家族に連絡を 取ることが出来、遭難騒ぎにならなくて済みました。国境稜線上も通話可能です。 また携帯同士も通話可能なので、取り出しやすい所にしまっておけば、ルート中何ら かの事故でお互いの動きが不明なとき、携帯でコールするといった使い方も出きるで しょう。


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