大武川/篠沢七丈瀑

アルパインクラブ岩と氷/羽矢洋・碓井桂子


<山行日> 1999年2月6日(土)〜7日(日) <記録> 羽矢洋


 6日土曜日(快晴)

 今日は入山だけである.年輩の男性1人が先に出発していくのを横目に,竹宇の駐車場でお茶をゆっく
り楽しむ.先の男性の車と我々の車だけの静かな駐車場は風もなく,朝日があたり思いのほか暖かく,心
地よい.

 そろそろ出発しなければクライミングは始まらないと重い腰を上げ,パッキングを済ませ9時少し前に
は出発.思ったより雪も少なく,年末山行かと錯覚するような落ち葉のカーペットの冬道をカサコソ高度
を上げて行く.それでも,やはり2月の上旬.次第に雪道に変わってゆき,スパッツを着けることになる
.この秋に奥壁を攀りに来たとき,新しく設けられた巻き道を確認はしていたが,今回は先行者のトレー
スに従って,この新しい道を上がって行く.

 この道を採ると,一息で横手からの道に合流し,さらに笹の平までは驚くほどショートカットさせ得る
ものの,笹の平下の水場での喉の潤しは割愛させられることになる.

 途中,日向山林道に複数の車が上がって行くのを確認する.刃渡り尾根では右手から吹く風が冷たく感
じられるものの,高気圧に覆われた南アの真冬の気候は,早春のそれである.何度も登っているはずのこ
の黒戸尾根,刃渡りを過ぎれば五丈は直ぐだという思い込みはなぜか払拭されずに頭に居座り続け,実際
はというとそこからのきつい登りに学習機能の欠落している自分を自覚する.

 それでも黒戸山の脇腹につけられたトラバース道は,次第に下り気味の優しさを示すようになり,今は
貸し切り状態の五丈の小屋へたどり着く.気兼ねなく中にテントを張る.小屋の表はまさに日溜まり.雪
を溶かし,水割りを楽しむ.

 夕方近くになり一人の男性が小屋に到着.クライマーではなく明日山頂をピストンするとのこと.いつ
の間にか夜.ときどき木々を騒がすものの,それほど強くはない風と満点の星に,心が浮き立つ.

 7日日曜日(快晴)

 朝早い時間にだけ陽が当たる七丈瀑である.陽がかげる頃の取り付きをおもい,ゆっくりと起床.朝食
とたっぷりのお茶の後,8時少し前に小屋を出発.前日の疲れからか,六丈の先のギャップに掛かる木橋
までが遠く感じられる.インターネットによると雪は多いはずであったが,意外にも少ない.ギャップか
らの下降も雪崩の心配は全くなく,逆に雪が少な過ぎるために下りはじめでは苦労する.それでも篠沢本
筋に近づく頃積雪も増え,トレースなど皆無の沢筋のラッセルに時間がかかる.

 瀑下9時.見上げる七丈瀑は,クライミングジャーナル創刊号に掲載された写真通りの形状.また表面
を水が流れているところまで記述通りである.ちょうど核心部に当たっている日差しが次第に翳って行く
ところで,目論んだフェイント策は効を奏したようであるが,案外あの時はただ眠かっただけかも知れな
い. あれこれ用を済ませ,9時40分登攀開始.

 まさに食い込みの良い水氷で,軽く打ち込み,蹴り込むピック,ツァッケとも吸い込まれるように安定
している.記述どおり緩傾斜面からぐっと立ってくる小垂壁横でピッチを切る.

 2ピッチ目小垂壁は文字通り短く,直ぐに右壁のビレーポイントへ.ハーケン4本の安定したテラスで,
下降用の捨てシュリンゲも比較的新しい.創刊号のこのビレーポイントからの写真ではブッシュがうるさ
そうに写っているが,今は何もなく,すっきりしている.流水部を舐めるように通過してきたロープは既
に棒状.

 いよいよ核心の3ピッチ目.ルートは右端凹角に引かれた須田氏のラインを採る.ピッチグレードから
予想していたほど傾斜は強くはない.左壁は流石にぐずぐずではあるものの,右壁側の氷の質は比較的良
好で,ハイパークーロワール+パルサーのピック,ブラックダイヤモンドのスクリューとも良く効いてく
れる.

 衝立部に入る前に2本,入ってから4本のスクリューをセットし,緩傾斜部に抜ける.ここまでは右壁
側の氷質の良いところを選んでのスクリューセッティングのため,アックスを握り続けている左腕ばかり
が疲れる.

 時々シェイクを入れ,実質10〜12m程度の核心を越える.ガイド図では緩傾斜部に入って右岩壁に
ビレーポイントが記述されているが見落としたのか見あたらず,結局ロープを伸ばし45mで沢中に生え
ている手首ほどの太さの灌木複数本でビレー.

 下降は2ピッチ.瀑下取り付きに戻って12時20分.六丈ギャップまでの登り返しを考えると,まず
まずのクライミングの余韻になど浸っている場合じゃあない.

 這々の体で五丈へ戻り着く.テントを片づけ,お茶を十分に楽しむ頃元気も復活.小屋を後にする.
 早春の遅い午後を満喫しながらの黒戸尾根の下山では,つい先ほどまで維持してきたモチベーションが
体の中から流れ解けだしていくのをはっきりと自覚した.

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