谷川岳/一ノ沢・二ノ沢中間綾

霧峰山岳会/島田邦昭、後藤芳朗


< 記 録 > 島 田 邦 昭


<山行日>     1998年3月14日(土)

 のびのびになっていたルートに取り付く日がやってきた。毎年冬になるとこのルートに行こうと思うのだが、い
つでも登れると思うせいかなかなか実行に移さなかった。2月にインフルエンザそして、出張で流れたのでまただ
めかと半分あきらめていたが、やっと出合いに立つことが出来た。

 冬の一の倉沢はとてもやさしくて明るい顔をしている。厳しい気象と地形の山なのだが、出合いにたたずんでい
ると和んだ気持ちになって くるから不思議だ。

 夏の重苦しい雰囲気とは別世界だ。午前8時東尾根や一の倉尾根に向かうパーティーと別れて入谷する。3月と
してはパーティーが少ないようだ。年々アルパインクライマーは減っていくのだろうか。

 晴れ間の広がってきた空を眺めながらデブリを越え15分ほどで、中間稜に取り付く、雪は比較的しまっている
が気温が高いので、表面が腐っていて足首まで潜る。重たい雪なので結構しんどいがザックが軽いので快調にピッ
チを伸ばす。

 今回はワンデイアッセントを目標に装備を軽量化した。超軽量ツェルト、夏用シュラフ、コンロ、小型コッフェ
ル1個、テルモス、非常食1食分、スコップ。マット とシュラフカバーはなし。ぎりぎりに切るつめるならツエル
トとスコップだけになるだろうが精神的に追いつめられるので止めにした。 登攀具はザイル9mmX50M一本、カ
ラビナ8枚、スリング10本、アイスバイル1本。雪稜なら十分だ。

 島田はハーネスを止めてスワミベルト、エイト環も持たなかった 。 

 このリッジはルートを通じて傾斜がきつく休める場所がない。特に中間部までのブッシュ帯は雪の状態が悪く、
ブッシュがうるさくて非常に時間を食った。最初のピークに出たのは10時20分、先が思いやられる。ここでザ
イルを出す。

 10mの懸垂とあったがザイルを出すまでもなかった。ここから一の沢左方ルンゼと合流するジャンクションピ
ークまでは登りやすい雪稜とブッシュだらけの草付きが交互に現われ、ルートファインディングが成否を分ける。
ルート図(白山書房冬季クライミング)では途中から稜を右に巻くように出ているが左の方が易しい。特にテラス
からは右はとても悪いので左から巻いた方が良い。ザイルを使うかどうかは雪の付き方や雪質、そして力量にに左
右されるので、なんともいえないが、我々は2個目のビレイポイントで一度出した。ここですでに12時。

 先の核心部を思うと日没に間に合わないかもしれない。しかし慌てて事故を起こすよりも慎重に事を運んだ方が
良い。幸いさほど時間を食わずにジャンクションピークに出る。するとトレースを発見。おそらく左方ルンゼを登
ってきたクライマーのものだろう。トレースは東尾根に向かって伸びているが姿は見えない。

 このスピードから見て力のあるソロクライマーだろうと勝手に想像するが、こういうのはかっこいい。ここから
やせた岩稜と雪稜が混じり核心部となっている。しかし傾斜はなく小さなアップダウンがあるだけで、ザイルのお
世話になることもなく難無く通過してしまった。 

 最後のナイフリッジもすたすた歩いて終わり。どうも拍子抜けであった多分新雪だと悪いのだろう。ここから広
くなったブッシュのない奇麗な雪稜をひたすら高度を上げる。たぶん高度差200mくらいだろうが疲れた体にはこ
たえる。一の倉尾根の高度と見比べながらもうすぐ稜線だと自分を励ましながら登る。

 2時30分ようやく東尾根との合流点「観倉台」につく。もうオキの耳は指呼の間だ。最後の雪壁を登る2パー
ティが見えている。第一岩峰はせっかくなので直登することにした実際岩の部分は4mほどなのでちょっとしたお
遊びだが、かぶり気味なのでA0してしまう。

 バケツのついた雪壁(といっても40度くらい)を100mも登ると上越の山並みが目に飛び込んできた。気持
ちの良い風が顔をなでていく。山頂はいつでもいいのだ。後藤に肩をたたかれ完登の握手をする。振り向けば今登
ってきた中間稜がなぎちている。久々の充実感に浸りながら3時30分山頂を後にした。

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