カナディアンロッキー/ポーラサーカス

山登魂/永岡朋和(単独)


< 記 録 > 永 岡 朋 和


<山行日>     1998年1月27日〜28日(

 ポーラサーカスのソロクライミングに成功したので記録をお送りします。

 ランパートクリークのマネージャーから「春先なら、ポーラサーカスのグレードはペンシルを除けばWI4
ぐらいだよ。」と聞き、ポーラサーカスのソロクライムに挑戦することにした。

 ポーラサーカスは、ランパートクリークからウェーピングウォールに向かう途中にある巨大なガリーで、ア
イスフィールドパークウェイからよく見ることができる。ルート長700Mにも及ぶカナダを代表する氷瀑の
一本である。

 ルートは大きく三つに分かれており、下部のガリーと氷瀑、中部のペンシルと呼ばれる非常に細い氷柱と上
部の氷柱によって構成されている。このうち、中部のペンシルは完全に氷結することはまれで、たいていここ
の部分を巻いて登ることになる。

 ただし、この高巻きこそが困難であり過去に何回も雪崩による事故が発生している。このルートの一番の難
所とも言えるだろう。そのためこのルートに取り付くときは氷結状態もあるが、雪の状態の善し悪しを見極め
ることが非常に重要なポイントとなるのである。

 ポーラサーカスの取付き近くにテントを設営し、早朝4時出発する。この時期、カナダの日の出は8時近い
ため真っ暗闇の中登り始める。ヘッドランプの灯りを頼りに登るため、氷瀑のスケールがよく分からない。ト
ポによれば、ペンシルまでの箇所はWI4の氷瀑が二つほどあるだけだ。

 腹を決め、フリーソロで登り出す。ザイルを二本詰め込んだザックは重く、難しくはないが苦しいクライミ
ングを強いられる。ピックを慎重に決めるあまり、右のピックで氷の下の岩を強くヒットしてしまい以後右の
ピックの効きが非常に悪くなる。だが氷質は全体的に良く、十分にピックの効きはいい。これならやれると思
い、登り続ける。

 7時には、ペンシルの根本に到着する。下から偵察したとおり、ペンシルは見事に途切れており巨大な5M
もあろうかという丸く盛り上がった氷塊がヘッドランプの灯りに映し出された。ここからが核心の始まりだと
気を入れ、トラバースの踏跡を探す。しかし、3〜4日前に登ったというパーティのトレースが一向に見あた
らない。前々日の降雪で完全に埋まってしまったのか、わずかにそれらしい跡しか見つからない。

 日の出まで待って確認してからトラバースを開始しようかと悩んだが、時間を惜しみトラバースを開始する。
40度近い斜面をトラバースするため、雪崩が恐ろしい。さらに雪は思ったより深く、膝上から腿まで潜る。
自分の踏んだ雪ごと滑落していきそうだ。幸い表面はクラストして安定はしている。神頼みに近い気持ちでラッ
セルを続ける。

 なんとか怖々200Mほど右手の急斜面をトラバースした後、今度は300Mほど登り上がり灌木へと到達す
る。徐々に周囲も明るくなってきて、上部氷柱も見えるようになってきた。

 ルートは正しかったようだ。ここから更に雪の深くなった急斜面を今度は左に上部氷柱に向かってトラバース
する。最初のトラバース以上に雪の状態が悪く肝を冷やす。

 8時30分、上部氷柱の取り付きに到着した時は周囲は既に明るくなっていた。明るい中でみる上部氷柱はさ
して威圧感もなく、快適なクライミングを期待させてくれる。早速、今まで荷物でしかなかったザイルとスクリ
ューをザックから取り出し、クライミングを開始する。

 氷柱は3段に分かれており、各100M近い規模がある。最初の一本目は一部WI5の部分もあるが、氷質も
良く快適に登っていける。しかし途中でクイックドローに掛けるザイルを間違えてしまい、中途半端なところで
ピッチを切る羽目になる。

 最初からこれでは思いやられる。気を取り直し、次ピッチで次の氷柱基部へ到着する。2本目の氷柱、通称「
リボン」は名前の通り氷瀑の中央でねじれた形をしている。ねじれの弱点を縫うようにラインをとり登っていく。
グレードはWI4ぐらいか。そして最後の氷柱に到着する。

 この氷柱は今までの2本とは違い、岸壁からせり出すように氷結している。このピッチと次のピッチが困難な
クライミングになるだろう。なれないソロのクライミングに手間取り、時計は既に2時を回っている。のんびり
している時間はない。確保具を再度セットし直し、ザイルの流れを確認して登り始める。

 ルートは一番簡単な右側から登り始める。この氷柱のみ若干水が表面を流れている。ルーズな氷に注意しなが
ら慎重にザイルを伸ばしていく。ほぼ50Mで氷柱の右にビレイポイントがあるのを見つけ、そこでピッチを切
る。しかし、後で思えばそれが失敗だった。

 次の最終ピッチはここからいったん水の滴る氷柱を左へトラバースし直上するルートをとった。かなり水が滴
っていて、いやなトラバースだがむしろ慎重に時間をかけてトラバースしていく。そこから10M程の垂直部を
登り抜け、最後は傾斜の緩くなった氷瀑を登り終了点まで到達した。

 そこからの景色は何とも変わった風景であった。終了点の両横には巨大な岩塔がそそり立っており、そこから
先には平らな岩肌が続いている。彼方にも岩塔がそそり立っているのが見える。「まるで火星の景色だな。」と
独り言をつぶやいた後、最後の支点回収を始めた。

 既に時間は4時を回っている。何とか暗くなる前に、ペンシルトラバースを終了させたい。そんなことを考え
ながらユマーリングを始めた。支点から5M程登り返したところで、異常に気がついた。ユマールが下方向に動
きだしたのだ。なにが起こったのかとユマールを調べると、ユマールのザイルに食い込む歯の部分が氷結してザ
イルがスリップするようになっていることが解った。

 氷を取り除き何とか効かせようとするが、すぐに凍り付き役に立たなくなる。更にちょうどぶら下がっている
ところが水流の真下で、ザイル自身もどんどん氷結していく。プルージックに切り替えて登り返そうとするが、
表面が氷結したザイルの上を体重のかかった結び目が動いてくれない。

 時間がたてばたつほど条件は悪くなる。もはやユマーリングをあきらめ、アックスで登り返す。まさかこのル
ートで最悪のピッチをフリーソロで登ることになるとは思わなかった。疲労で体は言うこときかない。アックス
の一振りがやたらと重い。既に周りは暗くなり始め、足元がよく見えないからアイゼンがスリップする。

 「これはまずい。」真剣にそう感じる。「落ち着け、落ち着け。」と自分に言い聞かせ、困難な垂直部を登り
抜ける。気がついたら「俺はくたばりはしない、俺はくたばりはしない、..」と、昔聞いた歌のフレーズを繰
り返し口ずさんでいた。

 もう一度終了点にたどり着いたとき、時間は既に5時30分になっていた。バリバリに凍り付いたザイルを引
き上げ、疲れた体を引きずって撤収を開始する。懸垂下降を何回も繰り返し、トラバースの踏み跡を一歩一歩慎
重に下っていく。深夜1時、真っ直ぐ歩けない程疲れ切った体を引きずり取り付きのテントに到着した。

参考タイム(あまり参考にはなりませんが..)

 駐車場〜(20分)〜取付き〜(3時間)〜ペンシル〜(1時間30分)〜上部氷柱〜(8時間30分)〜
終了点〜(7時間)〜取付き

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