富士山/吉田口

弥生山考会/平村明永


< 記 録 > 平 村 明 永


<山行日>     1997年12月15日(月)〜16日(火)

 雪を求めて富士へ、結果は敗退・・・という報告です。

12/15mon.快晴。

13:00スバルライン五合目〜15:30吉田口七合目泊

 車をデポして見上げると雪が少ないので、念のため売店で水を分けてもらった。トイレの水も出ないので仕方ないが、
売店のおじさんは困った顔で0.5gを150円にして、クッキー2個のおまけをくれた。でもこれは大正解で、その
水だけで朝晩2食とポットの紅茶をまかなうことができた。

 積雪があったとしてもおそらく降雪直後でないとがちがちに凍ってしまい、飲料水を作るのは大変な作業だったと思う。
風は七合目のあたりから強くなり、小屋の陰にテントを張るのに1時間も四苦八苦。足の指が凍傷寸前になって、やっと
立ちあがったテントにもぐり込む。七合目まではアイゼン不要。

12/16tue.快晴、マイナス約10℃

7:35七合目〜吉田大沢横断〜屏風岩尾根〜10:40八合五勺3500b地点〜大沢トラバース〜11:20
本八合浅間神社〜13:00テント撤収〜15:55駐車場

 雪のまばらな大沢をトラバースして、屏風岩へ。しかし岩稜上は風が強そうなので、壁沿いの雪上をジグザグ登高。
大沢の中央部の積雪は七合五勺くらいから(今はその後の降雪でもう少し増えたと思う)。頂上の壁が見えてくるに従
い風はきつくなり、耐風姿勢ばかりで前に進めなくなったので、ひとまず夏道に避難して様子を見ようと決心。

 しかしこのトラバースは恐ろしかった。雪面は10aくらいの厚みでぼこっと踏み抜けて、いつ表層雪崩が起きても
不思議のない状態。そんなところを突風の切れ間を縫っては、自分の運にかけてなるべくそっと走った。また、所によ
っては青氷になっていて、そんなところで耐風姿勢を何十秒もとらされては生きた心地がしなかった。本八の小屋陰に
逃げ込んだときには、もうそれ以上登る気は失せていた。

 結果論だが、登路をまっすぐ下降すれば何でもなかったところであったが、そこは雪訓の目的が果たせたということ
で無理矢理良しとしたい。この日の吉田口登山道の登山者は自分を含めて単独が4人、Sクライミングスクールの2人
をあわせて全員登頂を断念したようです。

 佐藤小屋をベースにキリマンジャロへの高度順応に来ていたツアーガイド氏によると、今シーズンの滑落死はすでに
2人になるそうです。

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