穂高/敗退の記

無所属/四方立夫


< 記 録 > 四 方 立 夫


<山行日>     1997年8月10日(日)〜14日(木)

 夏の報告です。出すまい、と一時は思っていたのですが、反省の気持ちで投稿します。少し、長いです。

 大学のワンゲルの合宿を終えて下山してきた長男・領と新穂高の近くで合流し、沢渡経由で上高地入りした。時折
ザーッと降り出す雨の中で設営する気にはなれず、バスターミナルで一夜を明かして涸沢入りした。

 今回の予定ルートは、滝谷・第一尾根、前穂東壁・古川ルート、そして、屏風右岩壁ルンゼ状スラブだった。メッ
カ的存在の滝谷と前穂ではあるが一度入れば二度と入りたくなくなるほどのボロボロの岩場であることを領に知って
いて欲しくて選んだ。

 その代わり登り切ったところは爽快な山頂になるルートを選んだ。最後は、すっきりフリーのロングルートを楽し
もうと選んだ3ルートだ。

 涸沢に入った翌朝、東の蝶ヶ岳は雲がかかっているが朝焼けに染まっていたので、これなら登れると出発はしたも
のの北穂松濤岩から滝谷を覗くと湿気100%の冷たい風が吹きまくっていた。C沢下降の数人のパーティが進入をため
らっていた。

 北穂小屋でノートに登攀予定を記入してみたものの、一行前の記入は去年の秋のものだ。もう誰も記入しないらし
い。ガレ場の経験の無い領にはB沢下降は厳しいらしく、クラック尾根のトラバース地点まで下るのに小一時間かか
った。さらにこのトラバースも、さわる岩すべてが剥離しそうで去年よりかなり悪くなっている。

 第一尾根に取り付いても岩のボロボロ状態は変わらないし、岩も濡れているか湿っていて、常に冷たい風が吹き上
げてくる。むしろルートの核心部といわれる3ピッチ目の凹角のほうが岩が安定していて登りやすい。

Cフェースを登り切ってT3に立ってみるがガスのかかったBフェースのルートは判然としない。ルートは分からな
いままBフェース基部で確保をしてもらって、左上する階段状をトラバースしていく。風は冷たく、湿った岩はあい
も変わらず剥離しそうで、どんなに安定していそうなスタンスでもアウトサイドには足を乗せる気がしない。

 斜め上から内側に押え込むようなスタンスに立って次のホールドを探していたとき、ストンと落ちた。「落ちたー
ッ」と叫んだ次の瞬間、普段はフリーソロが多いので助かるすべが無い、その感覚で「あー、俺はこれで終わった」
と思った、と同時に「いや、今日は領とザイルをつないでいる」ことを思い出すと、今度は「領!止めてくれ!」と
こころの中で叫んでいた。

 幸い、左手中指の先端を切っているのと、自らのザイルがすれて落ちてきた英語の辞書大の石を右顔面に受けたか
すり傷程度だけで、クラック尾根側の側壁にぶら下がって止まっていた。気を取り直して落ちたところまで登り直し
たものの、この後どうすべきかと本ルートを探しながら考えた。

 「トラバースを続けてガレからクラック尾根最上部に逃げる」「登ってきた第一尾根をラッペルでくだりB沢を登
りかえす」「領にリードを交代してもらう」と、脱出ルートばかりだ。気持ちは完全に逃げているのに、エスケープ
は可能と見切ったとたん、身体は本ルートを前進していた。

 ドガッとはがれそうな大きなピナクルをだましだまし登り、ようやくジッフェルをとった。頂に近づくと、湿った
風が強く、寒さにガタガタ震えながら領を確保する。ここで岩角で切れかけたザイルを新しいのに交換する。湿って
テカッているルートは難しそうに見えるが、トポはV級となっているので気を取り直して取り付くと、なるほど簡単
だ。これが乾いていて晴れていれば、きっと快適なのだろうと思うと残念至極だ。

 一番最後のピッチは、予定通りトップを領に変わってもらい、北穂の北峰に抜け、登攀を終えた。北峰で登攀具を
片づけ北穂小屋でおそい昼食をとった。予定では、奥穂まで歩いてから涸沢へ下る予定でいたが、とってもそんな余
裕はない時間になってしまっていた。

 結局、翌日は二人とも岩をする気がなく、領はザイテンから奥穂をピストンし、私は、夜のカレーの具の量を普段
の倍にして、ずっとグツグツ煮込んでいた。そして、たっぷりと栄養をつけた次に日には、さっさと下山してしまっ
た。と、まあなんともだらしない山行でしたが、次の目標に屏風を残しているのが楽しみです。

 で、今回、反省を2つしています。

 ひとつは、当然、落ちたことです。実に簡単なところ(だからこそ)で、濡れているとか、剥離しそうとか、どう
でもいい事に気を取られて真剣みが欠けていたこと。

 二つ目は、初めて滝谷に入った去年は、落石が多くて気が滅入ったのに、今年はそれをたいして感じていなかった。
領に「落石の音が恐い」と言われて初めて、去年の自分を思い出した。そんなに簡単に「危険」を肌で感じることを
忘れてしまっていたことです。

 ともに「危険の臭いを嗅ぎ取れないのは、気合の入っていない証拠」と大いに反省しております。

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