Mt.Andromeda/North West Shoulder Direct

宇都宮クライマーズクラブ/グループ・ド・ミソジ/吉田剛、小松


< 記 録 > 吉 田 剛


<山行日>     1997年8月6日(水)〜7日(木)

 夏のカナダにおける、もっとも印象に残ったルートについて書きたいとおもいます。やはり、相当長くなって
しまいましたので、お暇な方だけ、お付き合いください。

 Mt.Andromeda/North West Shoulder Directこのルートは、今回のカナダ紀行の中でもっとも印象に残りました。

8月6日

 JasperよりCorombia Icefieldへ移動する。Corombia Icefieldのキャンプサイトはサイト数が少ないので、ま
ずキャンプサイトへ行き、場所を確保する。

 その後、INFOMATION CENTERへ行き、翌日のMt.AndromedaのRegistration(登録:登山届)をする。これにより、
予定より遅れると捜索、救助活動などを行ってくれる。Registrationは強制ではないが、万が一の場合の家族など
への連絡も考えると、ありがたい。

 また、下山後にコメントを書き残すノートが置いてあるのだが、このノートに数日前にMt.Louisで会ったアメリ
カ人3人のコメントを見つけた。彼らはMt.Andromedaのskyladderを登ったようだ。キャンプサイトに戻り、絵葉
書を書く。

 どうせ出すのは下りてからなのだが、書いておきたい気分になる。双眼鏡でよくルートを眺める。大体のコース
は頭に入れる。空模様はあまりよろしくないが、とりあえず早めに寝る。

 その夜の雷はすさまじかった。今住んでいる栃木県の今市市も雷の名産地なのだが、この日は初めて雷が恐いと
思った。日本で聞く、腹に響く低音ではなく、恐竜の泣き声のような、切り裂くような高音なのである。

標高が高いところにいたせいだったのかもしれない。相棒の小松も恐かったと後述していた。明日は駄目か?と思
いつつ、いつしか寝ていた。

8月7日

 3時起床。山頂はガスっているが、星も見える。ふもとの風は強い。朝食を摂り、登山者用の駐車場まで車で入
り、4時30分歩き始める。Mt.AthabascaとMt.Andromedaは隣り合った山で、すでに登っているMt.Athabascaに対
してMt.Andromedaは奥に位置している。

 周りにあるものといえば、Athabasca氷河くらいなもので、風景が大味なので距離感が合わない。Mt.Andromedaの
基部の氷河帯に着いたのが6時。氷河帯はあちこちが裂けており、ちょっと恐い。ザイルを結び、ビレイをしてま
ず1段越え、その後はコンテで進む。目指すルートはNorth West Shoulder Directである。

 基部は大きなシュルンドが開いているが、最も狭い部分を目指す。7時40分取り付き着。軽く食事を取る。
8時登攀開始。

 1P目私から始める。シュルンドの雪壁は見た目以上に立っているので、左手の岩とミックスで登り始める。こ
のあたりはまだ雪も深く、アックスビレイをとる。

 2P目以降は40°から50°の氷壁となり、スクリュー2本でのビレイとなる。行く手はガスっており、ルー
トに対する不安は残る。

 5P目に右手にトラバースを開始する。この時目指すルンゼが軽く雪崩れた。おいおいまじかよって言いながら
目指すより無い。雪崩れた後は、氷化した面が筋となって現れる。ちなみにザイルは軽量化のため9mm*50m
1本とした。

 6P目の途中でトラバースを終え、再び登り始める。氷の質は場所による差が激しいが、おおむね登りやすい。
ルンゼ状になっているところでは、20cmほど雪をかき、その下の氷化した面にスクリューを打つ。

 8P目の途中で手袋をめくり時計を見る。13時。予想以上に時間がかかっている。毎回ビレイ点を作らなけれ
ばならない事も要因に成っている。みぞれが降り出した。雪質が重くなり、崩れやすくならないかと心配になる。

 11P目で再び左へのトラバース。トラバース終了地点の状態が悪く、50cmほど掘ると氷ではなく岩が出て
きた。仕方なく雪を固め、足場を固めアックスビレイをとる。小松がフォローしてくる。姿が見えたころ頭上で音
がした!来た!上部の岩についていた雪が崩れ、雪崩れてきた。

 胸で受けてしまってはまずいと思い、伏せる。小松のほうを見る。彼の足場はしっかりしているようだ。左腕が
埋まる。・・・顔が半分埋まってきた。(このまま埋まったら苦しいだろうなぁ)音が静かになってきた・・・。

 顔を上げる。まだチリは降っていたが、ほぼ収まったようだ。幸い流心は外れており、埋まることも、足元から
崩れることもなく、過ぎ去った。左手にはきれいな氷の滑り台が現れていた。みぞれは質の軽い雪に変わっていた。

 Athabasca氷河の観光客は時々見え隠れしている。向こうからも黄色いわれわれが見えているだろうか。小松が
少し登ってから、ここをトラバースし、上部の岩を左手から巻き、上部へ伸ばす。さらに2Pのぼる。上部の雪庇
が張り出して見える。ここで私が最悪のトラバースを演じる。

 結果的にはそのまま登り、右手のまさにショルダーの肩へ抜けることはできそうだった。しかし、どうしてもか
ぶって見えた私は、左手の張り出しの無い部分へ向かった。しかし、壁は雪庇に向かってせり上がっており、次第
にトラバースするには傾斜がきつすぎるようになり、上へ向かってしまう。

 雪庇の下まであがってしまった。雪庇は硬い。ここでいったんピッチを切って、小松を呼ぶが、同じこと。途中
のランナーの部分でピッチを切ってもらい、責任払い?で私が行くことにする。

 この頃には、雲も切れて、時折青空が覗くようになる。また、気温も低く、ザイルが凍って棒のようになってし
まう。かぶっていない部分に達した。上部の雪は柔らかい。氷から軟雪へ。掘る掘る掘る。バイルが効かない。だ
ましつつ・・・。膝を付き、頭を付き・・・抜けた!やっと抜けた。

 その向こうには青空とColumbia Icefieldの広い広い氷原が広がっている。しかし、喜んでいる場合ではない。
アックスを埋め、足場を切ってビレイに入る。「どうぞー」と叫ぶ。やがて小松もあがってきて、全16P終了。
19時45分。

 暗くなるのは22時頃なので、残された時間は短い。下降の途中で、シュルンドがあり、ここを懸垂下降しなけ
ればならないので、明るいうちに下降点まで行かなければ、危険である。また、あまりにも寒いので、すぐに歩き
始める。歩きながらカメラを取り出すが、低温のためリチウム電池の容量が低下しており、シャッターが切れずに
残念無念である。

 山頂付近は広く、埋まりかけた足跡を追いかけながら東陵を目指す。風が非常に強い。再びガスでホワイトアウ
ト。足跡を追いかけるが、風向きから考えてどう見ても回っていると、私が主張する。その時少しガスが切れて南
東方向に岩が見えた。あれだ。岩沿いに下って行く。しばらくすると、ガスが切れてすべてが分かった。

 ちがう。さっきのでよかったのだ。この先は南陵となり、方向違いである。再び登り返し、北東方向から東陵へ
向かう。東陵の下降も険しい。途中で懸垂下降が入る。懸垂のときに気がつく。あっ!!ない。腰にぶら下げてい
たはずの、カナダで買ったX−15がない。おろおろしながら、少し登るが、見当たらない。探しに行く時間の余
裕も無い。

 何で俺はこんなに馬鹿なんだとおもうPart2なのであった。これでバイルをおとしたのは2回目である。懸垂を
し、再び氷壁へ出てここを下る。この下にシュルンドが開いているのである。結局、シュルンドの上部にいたるま
でに暗くなってしまった。下降点が見つからない。シュルンドはかなり深そうである。

 その時小松が、氷に穴を空けて、シュリンゲをまわしてある下降点を見つける。(スクリューの穴よりも大きか
ったそうだ。私は見なかった。)利用可能そうだということで、そこより下降することとする。しかし、かなり高
いところにあるように感じられる。これはもっとも危惧していたことだが、50m1本では足りないと思われた。

 試してみることも考えたが、足りなかった場合シュルンドの中間より登り返しをしなければならないことや、支
点の不確かことを考えて、FIXし、残置することとした。2年ほど使ったロープなのでそれほど惜しくはなかっ
たが、ごみを残してしまうことが心苦しかった。

 結果的には半分前後で下りたようだった。微妙なところだ。再び氷河を下り、(ザイルが無いのでコンテができ
ない)ガレ場の踏み跡についたときには、もう楽観ムードだった。23時30分。少し食べた。枯れ場は踏み跡が
分かりづらく、ヘッドランプ頼りにふらふらと下る。

 すると、先は崖になった。小松は右壁沿いにどんどん行くが、わからず、少し戻ってくる。わたしは、右壁沿い
に行くことは危険であると思い、下降路を探す。再び小松が先へ行き、私の名前を呼んだ。すぐに追いかけるが、
姿が見えない。本当にここを行ったのだろうか。

 ここが下降路であることはまず考えられない。このまま右壁沿いにトラバースして行くことはきわめて危険に感
じられた。しかし、小松は行ったのか?それとも落ちたのか?大声で呼ぶが、返事はない。いったん戻る。悩む。

 再び下降路を探すが見当たらない。考えても仕方が無いので、再び追いかける。かなり進むが、どう考えてもお
かしい。戻る。

 うろうろしていては、本当にそのうち自分が落ちてしまうので、明るくなるまで待つ決心をする。1時30分。
星が瞬いている。大ガレ場で岩陰など無い。少し窪んだところで、岩を積み、風除けを作るが、たいした効果はな
かった。氷河からくる風は冷たい。ビバークの準備はないので、そのままじっと震える。少し眠たくなると、決ま
って寒さで震えた。

 星が少なくなってくる。少し明るくなってきた。しかし、星が少なくなったのはそれだけではなく、雲が湧いて
きたためであった。

 5時45分。ついに雨が降ってきた。体中が痛い。それでもだいぶ明るくなってきたので再び歩き始める。下降
路は容?岩と岩の間へ踏み跡が続いており、崖下へ出られるようになっていた。崖下で小松がいないことを祈りつつ、
回り込むと、右壁は回り込むと次第に大きくガレていたので、ああ、おそらく下りられて車にいるだろうと感じた。

 駐車場につくと、小松と一人の外人がいた。小松いわく、右壁から抜けた後、戻って大声で探したが見つからず、
私が落ちたものだと思い、INFOMATION CENTERへ連絡し、INFOMATION CENTERからJasperのWarden Office(警備事務所)
へ連絡が行き、救助車と一人の人が駆けつけてくれていたのだ。彼の対応がうれしかった。

 私が救助の人に謝ると、「いや、私はうれしい。もう、君は死んでいるものだとおもっていたから。よかった。」
と、いってくれた。内心怒っていたとしても、このようにいってもらえると、こちらも安心できる。レポートを書か
なくちゃならないからと、状況や住所、年齢などを聞かれ、今日はどうする?−Banffへ行きたいです。ならば、テ
ントをたたんで気をつけていきなさい。わたしは、Jasperへ帰ってビールを飲んで寝るよ。と、彼と別れ、長い一日
が終わった。

 なお、このあと向かったBanffは晴れており、ゆっくりと暖かい昼寝をし、翌日は2度目のMt.Louisへ登った。今
でもまだ、手と足の指が少ししびれている。

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