アメリカ/ヨセミテ/エルキャピタン/ゾディアック

日程
2000年8月4日(金)〜11日(金)
メンバー
(山岳同人「カルパッチョ」)羽矢洋、碓井桂子
記録
(山岳同人「カルパッチョ」)羽矢洋
写真
なし
ルート図
なし

<山 行 記 録>


 この報告が,今後ヨセミテに行く計画をお持ちの方,ゾディアックを登る計画をお持ちの方にとって
有意義な情報提供につながれば,幸いです.なお,詳細な情報については遠慮なく「haya@rtri.or.jp」
をお尋ね下さい.

8月4日

 4日午後一番に成田を発ち,ロス経由で同じ日の11時過ぎフレズノ空港に到着.すぐにバジェットレ
ンタカー受付で小型車を借り,R41を一路ヨセミテへ.途中大きなスーパーに立ち寄り,壁中で消費す
るペットボトル入りの水(ヨセミテビレッジでは,1リットル容器の水の次は1ガロン容器になってし
まう.持って腕に負担がかからずリーズナブルな大きさは1.5または2リットル.)と爆弾処理のための
容器を購入.この処理用の容器,まさに夏の麦茶を冷やすあの容器で,量の少ない二人の3日分の爆弾
を詰め込むのにぴったりの大きさ(現在ではpetzl社から重い処理筒が販売されているが,なにしろ重い).

 17時にSunny Side キャンプ場(CAMP4)着.知っている日本人は?と探すが見当たらず,カリー
ビレッジに移動しキャンプ,バンガロー,ロッジいかなる手段でもいいから今晩一晩の滞在先を,と探す
が皆無.仕方なく140号を20分下ったところにあるYosemite View Lodgeに投宿(ジャグジー完備のコンド
ミニアム.二人で$164とちと高額だが居心地は最高).

8月5日

 140号は夜間工事のためゲートの開門(このView Lodge 前にゲートはある)は6時半.早めにチェック
アウトを済ませ開門を待つ.すでに車は20台近い列.ぴたり定刻にゲートは開いて,再びヨセミテ渓谷に
入っていく.前日のチェックでは,CAMP4担当のレンジャーは8時半にやってくることになっており,
1時間半の待ちモード.待っている間にYCCの小柳女史からゾディアック情報をゲット.

 3番目に受付を終え(英語が得意,不得意に限らず,前もって紙切れにメンバー全員の氏名,滞在期間
,テントの数,レンタカーNo.を記入しておき,これを手渡すと手続きが早くグー.なお,レンジャーに対
し,はっきりと,トイレ付近は遠慮したい旨,意思表示をすべき.ただ,ほとんどのレンジャーは,どの
テントサイトがいいか聞いてくれるのでキヨスクが開く前に歩いて確認しておくのがよい),それなりの
場所を確保.テントの設営をすませヨセミテビレッジへ朝食の買い出し.ゆっくり食事を済ませ,クライ
ミングの準備に掛かる.情報として得たball nuts(Trango製の赤と青を各1個)の他,不足気味のエイリ
アンのハイブリッド(黒青と青緑各1個)をマウンテンショップで買い足す.早い夕食はヨセミテロッジの
バイキング(Complete Dinner $12).

8月6日

 この日は3ピッチのフィックス.ガチャとポーターレッジを持ってエルキャプメドーを7時半に出発.急
峻なゾディアックガリーからのアプローチを嫌い,NOSE取りつきを経て南東壁ヘ.1時間弱でゾディアック
取りつきに到着.思ったより近い.

 準備を済ませスタート.ルートはオリジナル通りハング左下から取りつく.1本目のリベット(というよ
り立派なボルト)がやたら遠く,早速チョンボ棒のお世話になる.このチョンボ棒,ヨセミテビレッジス
トアーで日傘を購入し,シャフト部分を使って俄かに作り上げたものだが(要は何でもありのエイドクラ
イミングと自分に言い聞かせ),その後しばしば有効に活用.6〜7本のbomberな(がっちり効いたとい
う意味ですよ!)ボルトの後,いよいよカム類ナッツ類のセッティングがはじまる.グレードはC3F.ヨ
セミテマウンテンショップで入手した最新のSUPERTOPOSによるとC3のあとのサフィックス「F」の意味
は,残置ギアがある場合にハンマーレスで行ける.しかし,安全のため,また,あるはずの残置物がなく
なっている場合のためにもハンマーと幾つかのコパーヘッド,ハーケンをホールバッグの底に突っ込んで
おくべきである,と記述されている.また,その他のサフィックスとして「RF」が付くピッチがしばし
ば現れる.この場合の「F」は同じ意味で,「R」は危険な墜落の可能性があるというもの.その危険な
墜落というのは,例えばレッジに激突したり,振られてコーナーに突っ込むとか,あるいは墜落によって
メインロープが鋭いエッジ上をずれてしまうというものである.

 比較的決まりのいいカムとロックスのセッティングが5から6ポイント後,クラックは細くなりピンスカ
ーとなる.ここで,これまで使ったことがないball nutsの赤(中間サイズ)をセット.手でテスティング
すると,引くたびに僅かずつずれ出てきて数度で外れる.再度,角度を変えてセットし直し,引いてみると
今度は決まったようである.エイダーをセットし片足を乗せてみると具合がいい.自信を持って乗ってみる
.外れない.なかなかいいジャン!の気持ちで最上段に乗ろうとしたときにバシッと外れ,さらに下にセッ
トした効き具合のあまりよくなかったキャメ,エイリアンも外れてその下のストッパー(確かこいつをセッ
トした時,やったねー,ボンバー!と心の中で叫んだやつだ.)で止まった.初っぱなから7m程度のわり
と長い墜落にも不思議とビビリは生じなかった.ただ,ゾディアックガリー横の小さな原っぱにいるギャラ
リー(倍率の低い双眼鏡でもあれば一挙一動手に取るように見える)がなんだか騒いでいる声がやけに耳に
聞こえてきて,もしかしたら見られたのかなとちょっぴり恥ずかしい.ようはball nutはテスティングした
方向以外に加重してはだめなんだけれど,このときはそのことにまだ気づいていない.確かに,こいつのク
リーニングはエイリアン,キャメなどのようにトリガーを引いてカムを収縮させてという回収方法ではなか
なかうまく行かず,力任せに左右上下に振ることで楽に回収できるという曲者であることを後々知ることと
なった.その後,慎重にマイクロナッツも動員し,クラックへの残置物がほとんどない1ピッチ目を終了.

 2ピッチ目.水平というより若干くだり気味にルーフ下の下向きクラックにカムをかませながらのトラバ
ースは,途中ボンバーな残置アングルもあって容易.すぐに右上気味にルーフを超え,C2+のクラックに
入っていく.C3に比べれば易しいが,それでも残置が皆無のクラックには緊張する.

 続く3ピッチ目はクラックからすぐにリベット(というよりボンバーなボルト.ハンガーもまさにハード
フリールート用のヤツ)が20本近く続いて再度クラックに変わる.易しいカムとballのセットで3ピッチ
終了.左上するランペの始まりが3ピッチの終了点で,ここにギアを袋詰し,ポーターレッジと一緒にデポ
.予定通り下降に移る.2本のロープをフィックスし取りつきに.この3ピッチを振り返って,アングルピ
トンのスカーにはlowのトライカムが有効ということと,ロストアローのピンスカーが実に多く,「A」でな
く「C」にこだわるならやはりball が欲しいということが感じられた.そこで,もう少しball nutsを買い
足すことにする.

 ところで,この日の水の消費量は,朝CAMP4を出て,車に戻るまで二人で1.5リットル(ちなみに二人
の体重は54kg,47kgと小柄で,普段からあまり水は欲しがらないほうである).

 来た道を下り,まだ,焼けるように暑い車に戻る.食料の買出しとギアの補充のためにこのまま走るより,
サラダバーとビールだよねと意見が一致.翌日go upの予定は満場一致の賛成により翌々日に変更.直ちにサ
ラダバーに直行.ビールが美味い.

エルキャプメドー7:30→取り付き点8:25→開始9:30→3ピッチ終了16:00→取付点17:00→エルキャプメドー17:40

8月7日

  ゆっくり起きだし,朝食後,食料とギアの買出し,そして面倒なペットボトルへの銀テープ(ヨセミテビレ
ッジで入手可)による養生とパッキング.壁にとりついている間にキャンプ場の使用期限が切れることから,
テント他の道具類を「岩と氷」の野上伊作君に預かって頂くようお願いする.

8月8日

  いよいよgo up.軽い朝食の後,エルキャプメドーへ.重いホールバック等を道路横に置いて,車はそ
の先
500m進んだ道路右側(エルキャプ側)にある小さな広っぱへ(エルキャプメドー沿いの路肩にパーキング
させている車にはwarningと書かれた紙切れが張られるから要注意).

 ガチャは無いが水,食料その他で膨れたホールバッグ,ザックは案外重い.途中,この日パシフィック
オーシャンのフィックスに早々と取りかかっている東海山岳会の3名の方達(寺田,千田両氏と朝岡嬢)
と挨拶を交わし取り付きヘ.すぐに米国の2人組が来て,同じゾディアックをフィックスなしでtake off
 するという.「Wareware ha osoi. Itsudemo nuitekure.」と,一言コミニュケートを忘れずにユマーリ
ング開始.2ピッチ目の終了点から荷揚げに入る.ホールバックは壁に触れないため荷揚げは楽である.
3ピッチ目の一昨日のデポポイントに二人と荷物が揃ったとき,丁度朝の日差しがこのゾディアックにも
差し始める(朝,日差しが届くのは比較的遅く9時半過ぎ.夕方は16時半にNOSEのラインによって日が
蔭る.).

 4ピッチ目.5.6のフリーから始まるが2〜3歩でエイドに変えた.腰まわりにガチャ満載の状態では,
はなからフリーという文字はなく,bomberに効くカムを使って左上気味のトラバースから直上.4ピッチ
終了.

  このピッチで信じられないヘマをやらかしてしまう.登り始めてすぐに腰にあたるものがある.そいつ
の位置をずらそうと手探りで触っているとき何やらはずれ落ちていく.なんだと見ればナスカンでハーネ
スにつけていたはずのハンマーである.ミゾーのお気に入りの1丁が一度軽く壁にあたって視界から消え
ていった.少々困惑.ただ,日本を離れるときに目標としていたことに,ひとつは墜落なしで登りきるこ
と,もうひとつはハンマーレスではないにしてもネイリングレスで行くことであった.前者は早々と1ピ
ッチ目で崩れてしまったが後者についてはまだチャンスはある.そんなことからこの失態は,しまったな,
くらいの後味の悪さが残る程度のものであった.それでも,剥がされていることを懸念し,バックロープ
を使って碓井のハンマーを借用させてもらう.今後は,各ピッチが終わる都度バックロープを伝わせて戻
すという作戦を取ることにした.このピッチ,荷揚げ開始時には用意しておいた16mの送りだしロープを使
って(半折で8m程度送り出した後,荷物を解放.若干振られるものの程度はしれている.だけど無ければ
結構派手な振られ方になるだろう)送り出しをやる.

 5ピッチ目.2通りのラインがあるが,事前に得た情報通り右のボルトラダーを上がって行く.やはり
ボンバーなボルトの連打で,落ちる気はしない.ただ遠く,最上段でも時々辛く,こんなときはあっさり
チョンボ棒を使用.

 6ピッチ目.5.6のフリーを数歩堪能し,すぐにエイドに.C1のカムのセットにより左上気味のレ
ッジへ上がり6ピッチ目を終了.

 7ピッチ目は問題のブラックタワーとその上のクラック.取り敢えず様子見にブラックタワーにあがっ
て行く.ここでball nut を数ポイント使ったが,2度目の墜落を喫した.同じようにテストした方向とは
違う方向に加重したことが原因であることを,ようやくこのとき学習する.C3でなくC2+のところで
の墜落であり,ちっくしょーと叫びたくなる.ブラックタワー上はポータレッジを固定するには安心なボ
ルトとは言えず,さりとて,この時間からC3RFもしんどい,ということで,ここにカムを固め取りし
6ピッチ終了点まで下降.まだ17時を少しまわった時間だけどポータレッジを組み立てる.

 若干傾斜していることから二人ともポータレッジに寝ることにする.このポータレッジ.雲表の野津氏
より譲り受けたPIKAのシングルレッジ.小柄な二人(162cmと158cm痩せ型)だし,なんとかなるだろうと
1張りだけ持ち上げたもので,上がり込んでみると思いのほか快適.当夜も含めた3泊は,それなりに心
地よいものとなった.

起床6:00→ユマーリング開始8:30→4ピッチスタート10:20→終了17:30

8月9日

 前日の続きで7ピッチ目.ブラックタワーまでは昨日のフィックスに助けられ,ごぼうで登って行く.
タワー上から見上げる細いクラックにはC3RFがレーティングされている.墜落によってピナクル状のブ
ラックタワーへ激突すること考慮してのありがたい「R」.インターネットで得た情報通り確かに数多く
のラープが打たれている.ただ違うことは,みすぼらしく朽ちたシュリンゲなど皆無で,細引きなど通し
ようもないほど打ち込まれた役立たずな残置物でしかない.それでも,じっくり探ればball nutsやHBの
オフセットナッツは案外決まり,少しずつ高度を稼ぐ.また時々bomberにエイリアンが決まるところも出
てきてほっとさせられる.HBのオフセットナッツの極小サイズ,RPが大活躍のピッチ.

 8ピッチ目.5.7のフリーで左上.ここで,ルートを誤る.左上後,水平バンドを行き過ぎshortest str
aw に入りかける.しかし,上部のコーナーへの入り方がトポと異なることからすぐに気づき,7m戻って一
旦直上,再度左上ラインをたどる(翌日,米国人パーティーも誤っていたポイントでもあり,要注意).上
部直上のラインには立派なボルトラダーが続いて安心である.

 9ピッチ目.とても綺麗なGRAY CIRCLEをたどる.出だしから細いクラックで,小さなナッツ類が有効な
ピッチ.カムフックも有効だが,ここで3度目の墜落.真横でなく若干下気味にセットしたカムフックが
外れたことによるもの(デージーチェーンによるキャッチ).もう,墜落はしないぞと自分に誓う.

 各ピッチすべてのビレーポイントは3本以上の実にbomberに打たれたステンレスボルトにより整備され,
立派なビレーステーションとなっている.ASCA(American Safe Climbing Association)に感謝.

 美しいGray Circle の中でのポータレッジビバーク.今宵も快適.この8月は,月齢が日付と一致してお
り,一晩ごとに月が満ちてきている.九日の月の今夜も驚くほど明るい.対岸のカシードラルに向けた目線
が昨夕よりぐっと高くなって嬉しい.

起床6:00→開始8:40→終了17:10

8月10日

 10ピッチ目.いよいよニップルピッチ.エルキャプメドーから見上げるこの乳首は顕著で,早くあそこ
まで登りたい!と思いつづけたピッチ.トポによるとキャメ4.5番が有効とある.また,インターネット情
報によると5番が必要とある.しかし,扇子のような5番までは持参しなかったが,それでもフレンズ4番
,キャメ3.5,4,4.5番を加えるとその重さにあらためて驚かされる.最初からすべてを身につけてスター
トすることはやめ,乳首の先端にたどり着く前にバックロープでギアの補充を行う.乳房全体がフレークで
構成されているこの部分は,奥の方へセットすることを心がければ4.5番で事足りる(開拓者のチャーリー
ポーターは,ハーケンも受け付けないこの幅広のクラックにいよいよ突っ込む前にほとんどのギアをはずし
,レイバックで抜けたという.70年代のグレードでハードな5.9.ぐれーとだ!).この上の細いクラック
が難しく(C3),小さめのカム,ナッツ類が有効なこの部分も無事終える.

 11ピッチ目.黒装束のあのいかした「怪傑ゾロ」が,果たしてヨセミテくんだりまで来て,あの「Z」
の印をこのエルキャプに残したのかは定かではないけれども(もしそうなら,ルナールの博物誌に出てくる
「夜空に向かって封印をする蜘蛛」みたいな奴なんだ,ゾロって)とにかくMark of Zorro.ボルトから始ま
って中間サイズのカムが決まる右上クラックへ.上部は左のルーフが被ってくる.左側に偽のビレーポイン
トを見てC3Fのクラックへ入っていく.途中からクラックが消えボルトへと変わる.ここで2度目の失態を
やらかす.エイダーをデージチェーンに常に連結しているのだが,別の方のエイダーをセットし終え不要と
なったこのエイダーをすとんと手放したとき,なんとデージチェーンからこのエイダーが外れた.宙を舞う
ように落ち始めたこのエイダー,一瞬バックロープに上手く絡まったかに見えたがすぐに離れ,視野から消
えていった.このエイダーには不運にも下で使った2インチフックを残していたから痛い.予備のエイダー
はホールバッグに突っ込んである.しかし,2インチフックはアレが唯一だった.この失態が後で尾を引く
ことになる.

 12ピッチ目.bomber に打たれた複数の残置のアングルがはっきりと確認できるクラックを目指し左上か
ら直上.がっちり効いたボルトから問題のエキスパンドフレーク.実はこれ,エキスパンディングなフレーク
ではなく剥離した巨大なフレークが壁に寄りかかっている程度にしか見えない.これに2ポイント,カムをセ
ットし左のクラックに移るのだが,もし,このフレークが落っこちたら思うと,とにかくカムが開かないこと
を祈るように静かにエイダーに乗り込む.知らずに来たからいいが,できればこのルート先行者がいないとき
に登りたい.

 直上後,右からLunar Eclipse が入ってきて,ここから左に水平トラバースが入る.フックムーブの後,残
置のコパーヘッドから再びフックムーブに入るが,2インチサイズのフックなら状態よくクラック(というよ
り細溝)にフックポイントが得られる.しかし,BDのクリフハンガーではサイズが小さすぎる.それでもと小
さな襞にかけて静かに片足乗せてみるとあっさり粒子が欠けてしまう.かなりの時間あちこち壁を撫で回すが
どこにもフックポイントが見つからない.仕方なくコパーヘッドの2番をフックポイント以外の浅い窪みに叩
きこみ,ロストアローで上から叩いて仕上げたものの,ちと不安であり,さらに左横に同じく2番を埋め込ん
で流動分散の形でシュリンゲを掛け,ここをなんとか超える.残念.ネイリングレスの目標がここで崩れた.
まっ,何でもありありのエイドじゃないか,と自分に言い聞かせ,気合を入れ直しビレーポイントへ.ここで
なんと3度目の失態をやらかしてしまう.各ピッチ終わる都度,バックロープを伝わせて唯一のハンマーをビ
レーヤーに戻していた.ここでも同様に戻したのだが,ロープをたるませている部分まで伝い落ちていった時
点でビナが外れ,このハンマーまでもが消えていった.我々は文字通りハンマーレスになってしまったわけだ
が,不思議とビビりはなく,くっそー,やってやるぜ!という気持ちが一瞬に体中に沸いたのを感じた.あと
残り4ピッチ.回収が困難なマイクロナッツ系は少しずつ残置になったとしてもなんとか足らせる,と自分に
言い聞かせた.碓井はそれでも何やら使ってクリーニングしながら上がってきてくれている様子.上がってく
るなり「ナッツもすべてクリーニングしたわ」という.何を使ってクリーニングしたのかと問うと,これよと
見せたのがウォールホーラーが壊れたときの予備にとホールバッグに入れていた同じくペツルのレスキュープ
ーリー.こいつにシュリンゲを通し,ハンマー代わりに器用に回収してくれた.ここで,碓井から落とし過ぎ
だとしかられる.結構厳しい状態が続いているし,と訳のわからない言い訳を吐くと,だから落としていいっ
てもんじゃないでしょ!の一渇.いたく反省.

 この夜のポータレッジビバークも快適.風は日中ノーズ側から吹いてきて,午後7時前くらいに一旦凪ぐ.
30分から1時間弱のそういう状態の後,今度は東から吹き始める.その風,ちょっと肌寒い程度で,夜も更け
るといつの間にか止んでいる.今回の壁にはEPIのコンロにワイヤーで吊った状態で湯が沸かせるよう改良を加
え,持ち上げた.コッヘルもきっちりと収まり,どんなに振っても決して落ちず,こぼれない.これをポーター
レッジから吊り下げ,お湯を沸かした.二人とも大のコーヒー好きである.これによって入れ立てのコーヒー
をたっぷり楽しんだことも成功の要因と考える.また,ヨセミテビレッジで入手可能なラビオリ,パスタ系の
缶詰は,それはそれで食える代物であるが,やはりシーズニングが独特で無理して食うきらいがある.そこで
今回は,アサリがたっぷりパスタが美味いとか,かけて食べればパスタが美味いとかって宣伝されている日本
のメーカーの缶詰を壁中の食事数だけ日本から持参した.ビレッジマーケットで購入したライ麦・ナッツたっ
ぷりブレッドと一緒に食えば,これが実に美味い.これも成功の要因のひとつと考える.

起床6:00→開始8:30→終了17:30

8月11日

 予定では今夕抜けるはず.13ピッチ目.ボルトラダーから始まる.すぐに左上気味のクラックから今度は右
に折り返すが,ロープの流れが非常に悪い.また,フォローもユマーリングが難しい状態となるため,一旦中
間部のテラスでカムの固め取りをし,回収に下る.左へ下り,今度は右にと少々面倒で時間もかかるピッチ.
ごぼうで登り返し,再び,ボルト,リベットから右のクラック,そして左の左上クラックを上って行く.カム
はbomberに効いてくれる.ピーナッツレッジでビレー.本当に平らな一人用レッジ.

 14ピッチ目.フリーなら5.9のレイバックから5.10のハンド.もちろん出だしからエイド.写真写りのよい
ピッチ.所々にbomber なボルトが打たれていて,超安心なピッチ.3.5番,4番,4.5番のキャメを使ってカム
ウォーク.上がっていくと周囲をルーフに囲まれた状態となる.ここでちょっとルートを誤る.無心でクラック
を辿ったためか自然,右側のルーフ下の水平クラックに導かれ,C1ムーブで右トラバースに移行した直後,碓
井から「左じゃないの」の掛け声.左に目を回すと立派な残置ハーケンがある.ここで迷う奴はいないかも知れ
ない.たしかに下のビレー点からは左のルーフ抜け口のエッジの養生のために貼ったテープと一部はがれそうな
ヤツが垂れ下がっているのが確認できていたにもかかわらず,右にラインをとろうとしたのは迂闊だった.2手
のムーブで戻り,左の水平トラバース3手で左上の傾斜したレッジに上がりこむ.

 15ピッチ目.左にトラバース.トラバースを始めてすぐのところにしっかり打たれたハンガーの無いステン
ボルト.持参したハンガーを掛けgo up前にヨセミテビレッジ前の自動車修理工場で入手した3/8インチナットで
締めようとするがどうもサイズが合わない.どうやらメートルネジのようである.諦め,さらに左にトラバース
をし,C2のクラックに入っていく.ここで,カムを決め,次に左にフックトラバースの後,右上クラックに.
スタンスが得られたところでbomberに効いたアングルハーケンが2本.これにビレーを取って一旦下降.流れが
悪いのとフォロヤーの振られ防止に下のランニングを回収し,ユマーリングで登り返す.終了点につながるバン
ドに上がりこみ,中間サイズのカムを2個きっちりセットし,右下に下り気味の徒歩でビレーポイントへ到着.
ナイスなビレーポイントで荷揚げをした後は座り込んでくつろぐ.

 16ピッチ目.最終ピッチはC3で締めくくり.見るとフリーも比較的多そう.この最後のピッチを無事終え
ることだけに集中し,ここで初めて靴をニュートンに履き替える.この選択は本当に正解であった.ここまで履
いてきた5.10のマウンテンマスターと違ってぴたり岩に吸い付く.下部の易しいフリーではロープの流れを考え
ながらもできるだけ多くのカムをセットしていく.一気に壁が傾斜を増し,エイドに変わるとプロテクションは
墜落は耐えられないだろう薄いフレークにセットすることになる.C3にレーティングされたクラック下まで登
り,これを見上げる.かなり高いところにコパーかあるいはロックスのワイヤーが跳ねるように岩から出ている
のが見える.まず,手を伸ばして浅いクラックに緑のエイリアンをかませるものの片歯しか効いてくれない.こ
れをいわゆるA0で引きつけ,次に青のball nutをセット.手でテストすると数回で外れるような効き具合.再度
セットし直し,少しはましな状態をキープ.いずれにしろこの二つ,エイダーを掛けられるほどのものではなく
一旦下りる.チョンボ棒を用意し再度上がって行く.この頼りないカムとballを引きつけ,足はキョン状態から
ゆっくりと伸び上がってみる.シューズに助けられ上手く体が伸びていく.もちろん支点への加重方向は変えな
いように細心の注意を払って伸びあがり,チョンボ棒の先につけたフィフィがワイヤーを捕らえたときは思わず
やったぜコールが口からこぼれた.難しかった.チョンボ棒がなかったらハンマーレスの我々はここで敗退って
ことになっていたかもしれない.ちなみにこのワイヤー,ロックスが叩きこまれたもの.あとはカム,ロックス
が決まるようになり,エルキャプ上縁に打たれたアングルから垂れ下がったボロいシュリンゲを捕まえ(結構ハ
ングしている)右の終了点のボルダー下に信じられないけど打たれたアングルにエイダーを掛け,ボルダー横に
抜け出し終了.

 最後の荷揚げはホールバッグが縁に引っかかり,唯一面倒な荷揚げ.碓井は例のプーリーで完璧にクリーニン
グしてくれた.

 夕暮れの迫ったエルキャプ上はだーれもいない静かな空間.少し下ったところに綺麗に整地された寝場所を見
つけ出し,久しぶりに手足を思い切り伸ばして眠れそう.本当に楽しかったトリップはもう終わり.

起床6:00→開始8:10→終了17:20

【メ モ】

・水について:go up 時に27リットルの水を上げた.壁中3泊(4日行動,夕朝各3回)で総消費量は13リ
ットル(7ピッチ目以降は,日差しの中のリード時にも暑さはきつく感じない).抜けた夜と翌朝そして下降で
4リットル消費.10リットル上に残した.

・下降について:SUPERTOPOSに記載されている(ROCK & ICE April 1999 も同じ) EAST REDGE を下降.黒い
壁の中の白いダイク模様は顕著ですぐにわかる.基本的にはAラインを下った.ただし,重荷だとAラインの1
回目の下降点に行くのが難しく,そのためだろう1回目の下降開始点より40m上の立ち木にも下降点がある(我
々のときは下降用ロープが残置されていた).次に注意したいのが,図に示されるAライン2回目(我々は3回
目)は165feetとなっている.この記載方はあたかも50mロープで足りるような意図を感じる(49.5m).しかし,
実際は57〜58mあり,50mロープの我々は下から10m位上にあったペツルのボルト1本とfixロープに一旦体,荷物
を預け,ここであらためてロープをセットし直すはめに陥った.懸垂が終わってから出てくる3rd classにはほ
とんどfixがあり安心.途中,有名なナットクラッカー等からの下降路と合流し,アツーい樹林を大汗をかいてパ
ーキングへ.ここに荷物とパートナーを残して車まで約2kmのジョギングが結構こたえる(車を拾ってからも一方
通行のため,ドライブがながーい).

・ギアについて:(プロテクションおよび前進用のギアについてのみ記載,なお,打ち物系

 は省略)

  エイリアン(黒,青,緑:各2個,透明:1個)

  ハイブリッドエイリアン( 黒・青,青・緑:各2個,緑・黄,黄・赤各1個)

  フレキシブルフレンズ(0番,0.5番,1番:各1個)

  フォージドフレンズ(1セット)

  キャメロット(0.5番:1個,0.75番,1番,2番:各2個,3番,3.5番, 

  4番:各1個)

  BDワイヤーストッパー   1〜10番   各1個

  DMMワイヤーストッパー  0〜10番   各1個

  RP             0〜3番    各2個

  HBオフセットブラスナッツ  0〜6番    各2個

  バットフック                 1個

  BDフック(クリフハンガー)         2個

  ショイナード(幅2インチのフック:名称不明) 1個

  カムフック:薄物1,厚物1

  トライカム:0.5から2番まで各1

  リッベトハンガー:24本

  プレートハンガー:4枚(使用せず)

  ボールナッツ(Trango製,青,赤:各2個,ゴールド:1個)

・超望遠写真について:THE YOSEMITE ROCK PAGE のホームページの中に1997年8月,15歳の少年がこのルート
をリードした記事が,父親によって寄せられています.  この記事,望遠カメラで地上からとった写真が多く盛
り込まれているのですが(タイト  ルはdad follows 15-year old son, illustrated report by Irving Oppenhe
im with photos),この写真は Tom Evans という climber and photographerが撮影したものです.我々は偶然に
も降りてきた翌々日に,このMr.Evansとゾディアックガリー横の小さな空き地(ゾディアックのスタート地点から終
了点まで一望できます)で撮影中の彼Mr.Evansに遭遇.話をすると薄汚れたメモを見せてくれました.彼が撮影した
クライマーのルート名,日付,時間,ピッチ数,それから国籍まで(なんでわかるんだろう.確かにパーティーが交
わすコールが聞こえるのですが)記入してあります.1枚2ドルでスライドを作ってくれる(写真にはしないそうで
す)のです.多くの写真を撮っていてくれておりましたから,昨日,メールで彼に購入意志を伝えたところです.

【謝 辞】

 最後に,今回ゾディアックを登るにあたって東海山岳会の森崎寛氏および雲表の野津栄作氏には大変多くの情報,
アドバイスを頂きました.紙面を借りて篤くお礼を申し上げます.本当にありがとうございました.

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