近くて遠い聖山 北が観光開発へ布石 朝鮮半島の最高峰 白頭山

 朝鮮半島の最高峰白頭山【パクトゥサン】(標高2,750m)は紺碧の水を湛えた火口湖 の天池【チョンジ】を抱き、「民族発祥の聖山 」とされる。朝鮮民主主義人民共和 国(北朝鮮)では、故金日成【キムイルソン】主席の抗日闘争の拠点だったとして「 革命の聖山」と呼ぶ。一方で北朝鮮は外貨獲得のため、この聖山を、世界的な絶勝と して知られる金剛山【クムガンサン】についで観光開発の目玉にしようとしている。 その布石として1995年、山頂と天池を結ぶロープウェイを施設したものの、資金難な どからその後の開発は足踏みしていた。それが、最近の米国政府による北朝鮮制裁緩 和や「テポドン発射」に対し日本政府が取ったチャーター便運行停止の制裁措置の解 除などが追い風となって、白頭山観光への関心は再び高まりそうだ。

 9月上旬、平城から高麗航空機に乗って白頭山を目指した。旧ソ連製のアントノフは 約一時間で蓋馬【ケーマ】高原を越えて、樹林を切り開いて造られた三池淵【サムジ ィヨン】飛行場に着陸した。

 ここから車で北へ約40キロ。白樺やチョウセンカラマツの林を抜け登山道路を走ると 、車窓に樹海が広がってくる。頂上真近に「革命の聖山に 白頭山」という金日成【 キムジョンイル】総書記の書をセメントで山腹にかたどったモニュメントがあった。

 三池淵から半時間あまり、ほとんど歩かずに最高峰の頂に立つことができた。朝中両 国を見渡す360度のパノラマに息を呑む。火口を縁取り、屏風のように切り立つ幾つ かの峰。見下ろすと周囲14キロあまりの天池が、青く輝いていた。水深は最大で384メ ートルという。

■ 一日で四季

 ロープウェイで約500メートル下の天池のほとりへ降りた。透き通った水は意外と温かい 。湖底で温泉が湧き出しており、夏は水温18度くらいになるという。ここで越冬隊に であった。北朝鮮科学院傘下の白頭山天池探検隊だ。気象、地質、高山動植物、医療 関係の研究者ら10人の隊員と犬1匹。隊長の李宗書【リジョンソ】さん(58)は84年 に探検隊が越冬ハウスを建てて以来の「天池の主」だ。

 巨大な岩魚がいる。李隊長が思いがけないことを話し出した。「天池には体長70センチ もの岩魚がすむ。岩魚は中朝国境を流れる鴨緑江、豆満江でもせいぜい20センチ。高地 で、無菌状態に近い環境が、形質的に異なる魚を育てたのだろう」

 元元、岩魚は越冬隊が放流したものだった。李さんによると、植民地時代の日本人学 者の生態調査では、「天池に魚類は住まない」とされた。だが、放流した百匹は大き く育った。「将来は食料源にもなる」と李さんは期待している。風が強まり、急に冷 え込んだ。白頭山革命聖蹟地管理所長の徐哲華【ソチョルファ】さん(46)は、「白 頭山の天気は変わりやすく、一日で四季を経験できる日がある」。 頂上一帯は9月下旬から雪が降り、翌年6月まで残雪を見るという。着込んできたが、 たまりかねて震えながら下山した。

■ 韓国人で混雑

 記者は昨年8月、中国側から白頭山に登った。霧がかかっていて天池は見えなかった 。「江沢民主席も2回チャレンジしたが、天池は見られなかったそうだ」。同行の知 人の言葉に慰められた。だが突然霧が晴れて一瞬、天池が浮かび上がった。神々しさ に打たれた。

 山頂は韓国人でいっぱいだった。92年の中韓国交正常化で韓国人の中国側からの登 山がブームとなった。中国の朝鮮族が民族衣装をそろえて記念写真屋を開業するなど 、聖山のビジネスは繁盛していた。

 北朝鮮が、白頭山の観光開発を計画しているのは、外貨獲得が大きな狙いだ。金剛山 開発と同様に、観光財閥企業の進出に期待をかている。

 中国の吉林省経由で1〜2泊を要する登頂に比べ手、北朝鮮側から登る利点は、ふも とまで一気に飛行機でいける上、そこから車、さらに89年にできた軌道ケーブルと ロープウェイを乗り継げば天池にも降りられる点にある。革靴でも楽に踏破でき、高 齢者も参加しやすい。展望温泉の計画もある様だ。北朝鮮政府関係者によれば、天池 の温水を山上に運び上げるポンプの設置が終わったという。

 山麓も魅力だ。鯉明水【リミョンス】の滝は、白頭山の伏流が噴出し、黒い玄武岩の 上に玉すだれの模様を描く。奇岩が並ぶ天軍【チョングン】岩から望む鴨緑江の源流 は、川幅がわずか6〜7メートル。鼻先に中国領があった。

 観光開発にも難題も多い。不透明な朝鮮半島情勢が影響するなどして日本などからの 北朝鮮観光が伸び悩んでいるからだ。宿泊施設が少なく、設備が整っていない点も障 害となっている。

 89年から北朝鮮観光を手がけている中外旅行社(本社・東京台東区)によると、日 本人のツアー客は毎年600人前後。内100人は白頭山ツアーだ。だがチャーター 便が途絶えた今年は、その白頭山観光も含めて北朝鮮ツアー客は半減した。それだけ に運行再開は「弾みになります」という。

 ツアー料金も安くはない。ウラジオストック経由の平壌・白頭山観光が、三食付き五 日間で26万円。欧州ツアーより「高い」との声がある。同社は「料金の半分は平壌 から三池淵への航空運賃。チャーター機並みで高く付く。将来定期便になればやすく なるのだが...。

 トレッキング・ツアー斡旋の旅行社も営む登山家の貫田宗男さん(48)は「白頭山 観光は、戦前の満州や挑戦に住んだ人たちを中心に人気がある。しかし国交のない北 朝鮮への旅を不安がる人も多く、旅行業者もリスクを覚悟せざるを得ない。日朝の交 流を拡大させるためにも両国の関係正常化が望まれる」という。

■ 環境に心配も

 一方、「観光が盛んになれば、自然破壊が心配だ」というのは、戦前、旧制三校時代 に登頂し、中国側に下降する北面ルートを開拓した藤田和夫・大阪市立大名誉教授だ 。「白頭山は東アジアのシンボル的な存在。国境を越えた自然公園として残してもら いたい」と希望する。

 白頭山山麓には、故金日成主席が指揮した抗日部隊の密営(秘密基地)跡が数多く残 る。金正日総書記の生家とされる丸太組みの密営もその一つ。当時の女性遊撃隊員の 制服を着た若い案内員は「祖父はパルチザンでした」と打ち明けた。そして「日朝が 本当に近いもの同士になるため、私たちの苦難の歴史を学んでほしい」といった。日 本の植民地時代が終わった後、朝鮮半島が南北に分断されて半世紀が過ぎた。昨年の 白頭山登山で、韓国の学生たちがバスの中で合唱したコミカルな歌を思い出す。

 ♪ソウルから平壌までタクシー料金2万ウォン/光州より近い平壌になぜいけぬ/警笛 鳴らして/夢にでも走ってみるのさ

 「聖山」に触発されて統一を願う若い歌声を聞くうち、記者の胸も熱くなった。 朝日新聞 外報部編集委員 小田川 興

■ 神話生んだ自然の宝庫

 白頭山(中国名は長白山)は古朝鮮の開祖とされる檀君の神話の舞台。清朝を開いた 女真族など中国・東北民族の建国神話もここで生まれた。約百万年前の火山活動でで きた休火山。10世紀半ばの大噴火では火山灰が日本にも降ったという。楯状火山( アスピーデ)で、上層を軽石が覆って白く見えるのが名前の由来だ。火山を縁取る峰 のうち、最高峰は朝鮮側の将軍峰。鴨緑江、豆満江、松花江の三大河川の源でもある 。天池は、噴火後の陥没でできたカルデラ湖。1935年1月、京都帝国大学遠征隊 が冬季初登庁に成功した。

 今西錦司氏を隊長に、戦後は南極観測隊の初代越冬隊長も務めた西堀栄三郎氏ら18 人。白頭山の気象や動植物などの調査をして、ヒマラヤ遠征へのデータを得た。

 戦後、87年冬に登山愛好グループ、カモシカ同人の日朝友好親善登山隊が遠征。高 橋(旧姓・今井)通子隊長は下山後、「自然条件は富士山よりはるかに厳しく、冬の ヒマラヤのチョモランマ(エベレスト)の六千メートルあたりと同じだ」と話した。白頭 山一帯は自然の宝庫。朝鮮人参などの薬草をはじめ、約600種類の植物が分布して いる。トラやヒグマ、オオカミ、ジャコウジカなどの動物も生息しているという。( 11月16日 朝日新聞 夕刊)

 戦前のクライマーは、当時『日本の領土』であったこの白頭山や、台湾の新高山など でトレーニングを積んでヒマラヤを目指したといいます。

 観光開発が進めば短い休みでも充実した山行ができるのではないでしょうか?アイス や温泉も期待できそうです。

 また日本の飛鳥〜平安時代にかけて、朝鮮半島の付け根に渤海国(ぼっかいこく)と いう国がありました。何度も日本に使節を送ってきましたが、特に政治的取引をする わけでなく、詩歌(当時は漢詩)の交換をすると言う極めてのどかで平和的な外交だ ったようです。この国は歴史上10世紀半ばに契丹(きったん)により滅ぼされたので すが、白頭山の噴火によって滅んだという学説も有るそうです。

 ACHP編集部(寺田)


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