《ひと》山荘と共に槍ケ岳を見守って半世紀・藤原正人さん

《写真》 ふじわら・まさと。「3千メートルの山に暮らした時間なら、わしが日本
一だろ」。72歳。

北アルプス・槍ケ岳山頂直下の槍岳山荘で番頭を務めて半世紀になる。槍・穂高連峰
最古のこの山荘本館が老朽化のため改築されることになり、この秋、解体作業の陣頭
に立った。

槍と最初にかかわったのは17歳の夏。復員した山好きが貧しい装備で登っていた時
代だ。父親が中腹の槍沢小屋を守っていた縁で、山頂へ通じる東鎌尾根の登山道整備
を手伝った。

翌年から父のいる小屋に入る。食料の荷上げや壊れた登山道の修理など、山小屋の仕
事を体で覚えた。

51年、現在の槍岳山荘の前身である「槍ケ岳肩の小屋」に移る。まだ炭で飯を炊い
ていた。登山の大衆化に備え、小屋の近代化が求められた。3年後に本館が新築さ
れ、装いも名前も改めた。「話しかけてくる山屋さんが多かったねえ」

肩の小屋に移った年の夏、頂上で落雷に遭い意識をなくした京都の大学生を背負って
山を下った。遭難があれば、今でも現場へ駆けつける。警察の山岳警備隊が舌を巻く
ほど槍のすみずみまで知っている。

難所の縦走路を切り開いたり、山荘の増築を重ねたりして、3代の山荘経営者に仕え
た。迎えた登山者は「10万の位じゃ足りないだろうねえ」。一度話した相手の顔は
忘れない。「今は旅行会社のお客さんが増え、話しかけてくる人は少なくなった」

解体作業を終えた夜、好きなウイスキーを飲みながら淡々と語った。「寂しかあない
かって? そんなことはちっとも感じないねえ。営業は別館で普段通りだし、建物も
新しい方がいい。昨日より明日」(10月23日 朝日新聞 朝刊)

ACHP編集部

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