多摩の山、まるごと山菜の季節  「名人」に同行、山の神様に感謝

小皿の上にはイタドリ、サンショウの葉、ワラビ、フキノトウ、ノビルの根、マタタ
ビ、コゴミ、アカシヤ、ズイキなど。このほかにてんぷらやおひたしも=東京・桧原
村で

5月は山菜の季節。山菜料理が名物の東京都桧原村数馬の宿「三頭(みとう)山荘」
で、「山菜採りにかけてはこのあたりで一番」と言われる里久子おばあちゃんこと、
岡部里久子さん(76)と一緒に山菜採りに出かけた。山歩きはおよそ3時間。あた
り一面は「山菜の宝庫」だった。 (龍沢 正之)

三頭山荘は数馬地区で最も古い宿という。50年ほど前、三頭山に登る登山客に「泊
めてくれ」と頼まれたのがきっかけで、里久子おばあちゃんとそのおばあちゃんの2
人で始めた。

「連休中に登山客に根こそぎ採られているのでは」。心配しながら、ほこらの前で山
の神様に「お願いします」と手を合わせる。竹かごを背負い、頭に手ぬぐいかぶった
姿で山道を歩き出した。

早速ヤツバ(セリ科)やウドが若々しい葉を揺らしていた。「あるといいねえ」と話
していた春の山菜の王様トトキ(ツリガネニンジン、キキョウ科)にも出合えた。お
ひたしやゴマあえが最高という。フキ、茎を食べるミズ(ウワバミソウ、イラクサ
科)。次々見つかる。道端の野草が山菜に見えてくる。「これヤツバじゃないですか
?」。指さすと、「それは毒草だよ」
岡部さん

さらに歩くと、イタドリ(タデ科)が一面に生えていた。山荘では酢漬けにして出
す。根が絶えないように茎を折るとポン、ポンと小気味よい音がする。皮をむいてか
じった。酸味が口の中に広がる。根が掘り起こされているユリが数本あった。傷つけ
られたユリの葉は少ししおれていた。マナーの悪い登山客もいる。「これは人が引き
抜こうとして、途中であきらめたんでねえかなあ」とおばあちゃんは言う。

戦争で食べるものがなかったころ、山菜は貴重な食料だった。小河内(奥多摩町)ま
で2、3時間かけて歩いた。山が切り開かれて道路が通り、民宿は増えた。山村は少
しずつ変わってきたが、今も山菜は採れる。山荘に戻った。兜(かぶと)造りの大広
間で味わう22種類の山菜料理は、里久子おばあちゃんが始めた。「ここらじゃあ、
山菜くらいしか出すものがないから」。独特の苦み、甘み。季節の野山の自然がまる
ごと体に染みていく気がする。

宿泊客が書き残した「山荘日記」を見せてくれた。63年12月7日、台東区の男性
が書いている。「いつまでもこのままの宿であってください」

おばあちゃんと一緒に「山の神様」に向かって、もう一度手を合わせた。「ありがと
うございました」 (05/12 asahi.com)

ACHP編集部

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