2001年チョモランマ清掃登山に向けて (野口 健)

平成12年12月22日、20時30分。私はカトマンズに到着した。今年3度目の
ネパール、過去を含めれば15〜16回目か・・・。ネパールへ来ていつも私が感じ
るのは、ネパール人はずる賢い目をしていないということ。いつもノンビリしてい
て、彼らから危機感を感じない。こちらをだまそうとする奴らも、顔に「だますぞ!
!」と書いてやってくる。みえみえで思わず吹き出してしまう。

インドやパキスタンを旅してネパールに来る人は皆「ネパールは天国だ」と決り文句
を言う。人間不信になった彼らが、ここネパールで癒されるのを何度となく見てき
た。ところで、私が今回ここを訪れたのは来年の春に予定をしている第2回チョモラ
ンマ清掃登山に向けての調整と準備のためだ。ここで改めてこの私の取り組みについ
て少し書かせて頂きたいと思う。

環境問題と一口に言っても、今日のように社会に頻繁に取り上げられるようになった
のは、たかだかここ10年に過ぎない。環境問題に社会全体がまだ関心の薄かった8
0年代以前とその後の90年代に入ってからとは、その背景となる社会情勢が大きく
異なっているため、環境問題への個々の意識や認識にも当然差があるようだ。

実際、私が2000年の春にチョモランマに清掃活動に行った際、チョモランマには
80年代以前の日本の登山隊が残したと思われるごみが集中していた。しかし90年
代以降のごみはないとは断言できないものの減ってきているのは事実だ。80年代以
前と90年代以降のその量の異変は明らかである。

ある新聞に橋本元首相と私のことが記事に取り上げられた。清掃活動で持ち帰った酸
素ボンベの中に製造年月日などから、橋本元首相が当時、名誉総隊長を務めた隊のも
のらしき酸素ボンベが1本見つかり、橋本元首相の事務所に私がお届けしたというよ
うな内容だった。しかしこのことを今の時代の感覚で当時の出来事を捕らえてはなら
ないと思う。もし、私が当時の橋本隊のメンバーであれば同様にゴミを置いてきただ
ろう。その時代、時代で新たな社会的な流れやうねりがある。

きっかけはともあれ、これからは環境問題が時代の本流となるだろう。確かに環境問
題への取り組みはお金も時間もまた能力、エネルギーそして負担をも必要とする。し
かしそれらを飛び越えて行動と発想に責任を持たなければ環境問題は解決しないだろ
う。私なりにこの社会情勢を背景に自分の役割を思えば、自然にチョモランマ清掃登
山活動が浮かび上がってきた。

1997年はじめて国際隊の一員としてチョモランマに挑戦した際、目にしたものは
ゴミの山だった。学校から一時的に追放され、それがきっかけとなり登山の世界に
入った。山が私の学校であった。山なしに今の私はなり得ない。その大切な聖域がゴ
ミにまみれている。そのとき心に決めたことがある。7大陸最高峰の挑戦を無事終え
たら、チョモランマの清掃活動を始めようと。

また外国人に日本隊のマナーの悪さも指摘され許せなかった。私の好きな日本が否定
されたようで悲しくもあり又、怒りを感じた。過去に捨てられてきた我々日本隊のゴ
ミは、それもまた時代の流れであった。その流れが変わった今、後に続く者が新たな
発想に基いて、過去の「産物」を回収し、これから自然と人との共存をテーマに責任
ある行動を心がければよいと思う。


この一年間色々なことがあった。なかなか理解されずに悩むこともあったが、子供た
ちや沢山の方々からの応援の手紙に励まされてきた。2001年再びチョモランマ清
掃登山隊を結成し清掃活動を行う。次回はアジアの登山隊にも呼びかけアジア諸国に
よる国際チョモランマ清掃登山活動を目指している。環境問題は何も日本だけの問題
ではない。チョモランマを覆うごみの多くはアジア諸国の登山隊によるものだ。世界
最高峰と同時にアジア大陸最高峰であるチョモランマを元の美しい姿に取り戻すのが
我々アジア人の役割ではないだろうか。


2000年12月26日 カトマンズにて  野口 健 
(12月26日 Mainiti Interactive)
 

ACHP編集部

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