虹ののぼる山 また行こう

●読売新道を記者が踏破「虹ののぼる山 また行こう」奥黒部−赤牛岳−水晶岳 全
長11キロ

北アルプス・奥黒部に「読売新道」と名のつく縦走コースがある。読売新聞北陸支社
が支社創設の際、国の認可を得て開発した登山道。奥黒部ヒュッテから赤岳(標高2
864m)を経て水晶岳(同2986m)までを結ぶ全長約11キロで、北陸発刊4
0周年記念事業は、同新道再生計画を端緒として始まった。

「もう2度とごめんだ」−−。2泊3日の強行軍からヨレヨレになって下山した私
は、思わず同僚にこぼした。ところが、どうだ。足腰の痛みが癒えると、私は3日も
経ずして「来年もまた行こう」と、一人つぶやいていた。

奥黒部は最後の秘境地である。そこは動植物、景観など自然環境にとって国民的規模
の貴重な財産でもある。昨年9月上旬、残暑が続く“下界”を離れ、うっそうと生い
茂る樹林帯を抜けて、私は尾根から見渡す360度の大パノラマを目撃した。

■樹林帯

奥黒部ヒュッテを午前5時45分出発、裏にある読売新道を上りはじめた。

平地では30度以上の猛暑が続いでいたが、標高1500−2000mの木々の間は
空気もひんやり。東沢と黒部川上流の水音を背にしながらの上り出しだ。深緑の葉を
重そうに垂らす木々の枝を手で払いながら、段差のある木の根や岩を踏み締めたり、
時には倒木を乗り越えたりして、大木の間を縫うように上る。

室堂山荘の従業員で、今回ガイドを務めてくれた梅沢宗ニさん(50)は、「放って
おくと、たちまちササや倒木が道を覆ってしまう」という。ここはまさに「原生林」
がそのまま残る〈奥黒部の秘境〉だ。梅沢さんは、登山シーズン前になると、草刈り
機を背負って、樹林帯を駆け上るという。


■稜線

樹林帯を抜け、北アの中央を南北に貫く赤牛岳と水晶岳とを結ぶ尾根伝いの道に入っ
た。背丈の低いハイマツやガンコウラン、チングルマなどの群落が斜面を埋める。眺
めも一転し、視界が一気に広がった。

午後1時30分。尾根の真ん中にそびえる赤牛岳頂上からは、目指す水晶岳が見え
る。北には、剣岳などの立山連峰、その向こうには後立山連峰、東には烏帽子岳−野
口五郎岳−三俣蓮華岳−槍ヶ岳と続く「裏銀座」が、西側には、薬師岳がどっしりと
構えている。360度の大パノラマだ。眼下にはエメラルドブルーに輝く黒部湖が小
さく見える。「ああ、おれは今、北アのど真ん中に立っているんだ」。感激だった。

尾根に吹き付ける風は、タンポポの綿のように伸びたチングルマの雌しべを、まだ、
青や黄色のミヤマリンドウ、ミヤマアキノキリンソウなどの花々も揺らした。疲れも
癒える。

こんなに素晴らしい眺望と自然と直接触れ合えるコースなのに、往復の2日間ですれ
違ったのは6組だけ。「きついコースだけに、歩く人も少ないんですよ、横にいた梅
沢さんがほほ笑んだ。

奥黒部ヒュッテ管理人の小野崎研一さん(50)によると、7月1日から10月13
日までの営業期間、ヒュッテの宿泊者は黒部源流でのイワナ釣りや沢登りに来た人も
含めて500−600人。そのうち、読売新道に挑む登山者は1割程度という。

水晶小屋に到着すると
野口五郎岳から上がる虹が出迎えてくれた


■雨上がりの虹

水晶岳頂上を目前に降り始めた雨は、宿泊先の水晶小屋にたどり着いた午後6時には
やんでいた。薄暗くなり始めた東の空を覆っていた雲が流されると、野口五郎岳(標
高2924m)の頂上付近から伸びた大きな虹のアーチが架かっていた。水晶小屋に
いた別の登山客も一斉にカメラを構えた。

昨シーズンの水晶岳付近での雨は、一日中降り続くのではなく、降ったりやんだりす
ることが多かったという。そのため「例年になくよく虹が出た」と、水晶小屋を経営
する伊藤正一さん(77)。

巨大な虹は、日が沈むとともに消え、長く続いた尾根の終着点の小屋は、静寂と深い
闇に吸い込まれた。ポツンと小さくたたずむ小屋を、今度は数え切れないくらいの星
が包み込んだ。(2001年 Yomiuri On-Line 北陸発 お正月特集)

ACHP編集部

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