日本最高峰の料理人 富士山測候所で働く

日本最高峰の料理人 富士山測候所で働く

標高3776メートル。富士山頂に立つ気象庁の富士山測候所は、昨年11月の気象
レーダーの廃止からもうすぐ1年を迎える。気象衛星の登場などで台風観測の役割は
終えたが、その後も風雨や雪などの観測は続く。4人1組、3週間交代で泊まり込
む。3人が観測を、残る1人が炊事を担当する。気象庁の職員でも観測を仕事とする
人たちと違って、炊事担当者に転勤はない。年間の平均気温が零下7度の日本最高峰
を職場とする料理人を訪ねた。

■山頂のカサゴ

9月末のある朝。午前9時の気温は零下4度。14.2メートルの北北西の風がほお
に刺さる富士山頂に、ブルドーザーで生鮮食品が運び上げられた。10月半ばごろま
でブルドーザーが補給と要員交代の足となる。

炊事担当の職員は、臨時雇用を除いて3人。1981年に採用された西島昇さん(3
9)は東京都内の高校時代は山岳部員。富士山を見ながら育った静岡県御殿場市出身
の熊谷茂さん(51)は85年、東京の会社を辞めてUターン。伊藤準一さん(4
3)も95年に都内のコンピューター会社から転身した。

この日の炊事担当の伊藤さんは、倉庫のように大きな冷蔵庫に入る。「ホウレンソウ
は湯がいて冷凍します。キャベツは新聞紙でくるんで保存し、ときどき上から霧吹き
をします」

伊藤さんは山頂の当番の間に必ず新メニューをつくる。今回はカサゴのから揚げ、厚
切りハムにパイナップルを添えたハワイアンステーキなど。過去5年間の献立は約3
00種類。メンバーの好みをパソコンに入力して献立作りの参考にする。

熊谷さんは「レストラン風ではなく、家庭的な味を出すよう心がけている」という。

■自然の洗礼も

夏は雨に頼ればよい水の確保も、11月から5月までは重労働だ。スコップで測候所
のまわりに積もった雪や氷をすくって、屋内の15トン水槽に通じる投入口へ。電気
ヒーターで溶かして水にする。

自然の洗礼も受ける。西島さんは勤続20年のいまも高山病の対策として1日5リッ
トルも水分をとる。冬場に突風が襲い、滑落して殉職した調理人もいる。

82年2月、西島さんは登山中につむじ風の音を聞いた。見上げると、雪が吹き上げ
られている。ピッケルを胸元に寄せ前かがみに耐えようとしたが、雪の上にたたきつ
けられた。

西島さんは山頂を覆う雲が晴れる瞬間が好きだ。雲が速い風に流され、青空と雲海が
現れる。「雲の中から見る光景は劇的です」。熊谷さんも「どこまでも歩いて行けそ
うな解放感がある」と話す。

「医者がいない山頂では、健康管理が一番大事。食事を通じて支えているという責任
感を持ってやっています」と日本最高峰の調理人は口をそろえる。(10月4日 
asahi.com 16:51)

ACHP編集部

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