故・吉尾弘さんに関する書籍の紹介

●『クライマー』  登山界の寵児・吉尾弘と若き獅子たちの闘い  

故・吉尾弘さんに関する書籍の紹介です。改めてご冥福をお祈りします。

厳冬の岩壁に、夢を追う。1957年3月29日、谷川岳一ノ倉沢滝沢積雪期初登攀を果た
した吉尾弘。弱冠19歳。雪と岩に限りない闘いを挑み、黎明記の登攀史を飾った青春
群像の記録。数々の初登攀はいかになされたか。

 随想社刊/高野亮 著/四六判/264頁/1800円 (税別)

 東京、お茶の水、茗渓堂書店では、著者サイン本を扱っています



 目次

 序 章 アイガー北壁  7

 第一章 積雪期登攀の黎明  17

 疎開と敗戦  18
 山への憧憬南アルプス  19
 毎日新聞社とマナスル  20
 墨工山岳部から朝霧へ  21
 東京朝霧山岳会  23
 三ツ峠岩場での失敗  28
 朝霧の分派山学同志会  32
 谷川岳東尾根第二登  38
 滝沢積雪期初登  45
 北岳中央稜積雪期初登  54
 第U次RCCと奥山章  60
 リーダーに就任  67
 屏風岩中央カンテ開拓  72
 屏風岩積雪期初登競う  74
 屏風岩集中の末  80
 朝霧退会  83
 RCCUの涸沢講習会  88

 第二章 充実期のアッセントクラブ  91

 朝霧の新人六名  92
 吉尾弘を迎える  95
 篠原隆夫  98
 初の合宿四峰正面壁  101
 雪崩事故  109
 林与四郎入会  111
 職業と登山と  113
 厳冬の三つの壁  118
 クライマーとスキー  144

 第三章 ヨーロッパアルプス  149

 全日本合同隊  150
 ヴェッターホルン北壁  153
 林与四郎の死  158
 まれにみる悪天つづく  166
 ドリュ北壁と西壁  168
 アイガーアタック開始  171
 高田光政  176
 捜索と遺体収容  182
 日本の新聞報道  185
 吉尾隊長の総括  188

 終 章 大衆化への道  193

 JECCと恋峰クラブ  194
 長谷川恒男のこと  203
 労山との出会い  210
 ネパール・パビール峰  219
 愛しのクライマー  248

  参考文献  257
  吉尾弘略年表  258
  あとがき  261


吉尾弘略年表

(注)山行については、本書『クライマー』に関係あるものを中心に記載
   『クライマー』の著者、高野亮氏作成(c Ryo Takano)

 西暦  元号      月  事項

 1937  昭和12   4  東京都墨田区生まれ
 1943    18      小学校1年。千葉県船橋市に移住
 1953    28   4  毎日新聞社へ給仕として入社。都立墨田工業高校定時制
へ進学
 1954    29   4  墨工山岳部入部
 1955    30   4  東京朝霧山岳会入会
            5  三ツ峠屏風岩トレーニング
            8  鉢ノ木〜剣岳合宿
 1956    31   5  マチガ沢合宿
            9  原田輝一と谷川岳一ノ倉沢滝沢下部登攀
            ※1956年は岩登りトレーニングや合宿に参加したほか、
             谷川岳東尾根、一ノ倉沢3ルンゼ、4ルンゼ、5ルンゼ、
             幽ノ沢、オジカ沢など、谷川岳を中心に活発な山行を行
             ない、山行回数がもっとも多かった
 1957    32   1  鹿島槍合宿 東尾根パーティに参加
            2  谷川岳東尾根(単独)
            3  谷川岳一ノ倉沢滝沢積雪期初登
            ※1957年は、谷川岳一ノ倉沢二ノ沢本谷、烏帽子沢奥壁、
             南面の幕岩など、精力的にクライミングを展開
 1958  昭和33   1  北岳バットレス中央稜積雪期初登
               第U次RCC創立、同人となる
            3  剣岳チンネ・中央チムニー〜Cクラック積雪期初登
            4  谷川岳一ノ倉沢烏帽子沢奥壁、変形チムニー登攀
            6  朝霧のリーダーに就任
            7  穂高屏風岩中央カンテ岩溝ルート開拓
            12  同ルート積雪期初登
 1959    34   2  谷川岳一ノ倉沢コップ状ルンゼ登攀
            2  (〜3)剣岳池ノ谷右俣奥壁ドーム稜積雪期初登
            3  東京朝霧山岳会退会
            6  第U次RCC涸沢講習会にコーチとして参加
            8  原田輝一、谷川岳南面幕岩Aフェースに散る
            9  アッセントクラブ創立に参画
 1960    35   1  奥又白四峰正面壁北条・新村ルート登攀〜屏風岩
             中央カンテ下降
 1961    36   4  結婚
 1962    37   1  屏風岩東壁〜前穂高岳東壁右岩稜〜
             前穂高岳東壁Dフェース連続登攀
 1963    38   3  鹿島槍ケ岳荒沢奥壁南稜、正面尾根登攀。
             北壁中央ルンゼ積雪期初登
            12  『垂直に挑む男』(山と渓谷社)刊行
 1964    39      東京ハイキングクラブ創立
               東京勤労者山岳会(東京労山)入会、リーダー部長
に就任
 1965    40   8  ヨーロッパアルプス遠征、全日本合同隊隊長。
             ヴェッターホルン北壁、ドリュ北壁登攀
 1966    41   3  日本勤労者山岳連盟(以下労山全国連盟)
             副会長就任(第3回総会)
 1968    43   9  穂高屏風岩中央壁JECCルート開拓に顧問として参加
 1969    44   1  同ルート積雪期初登
            3  労山全国連盟理事長就任(第6回総会)
 1972    47   3  労山全国連盟会長就任(第9回総会)
            7  畏敬する登山家奥山章他界
 1973    48     第U次RCCのエベレスト登山(登攀隊長の予定)参加
を断念
              ※1970年代前半、2回目のヨーロッパアルプス遠征
 1978    53   10  ネパール・パビール峰(全国労山隊)隊長
 1980    55   3  『垂直に挑む』(中公文庫)刊行
 1981    56      チョー・オユー(全国労山隊)副隊長
 1983    58   9  ダウラギリT峰北東稜(長谷川恒男隊)副隊長
 1987    62   8  グランドジョラス北壁ウォーカー稜登攀
 1993  平成 5   7  (〜8)フロンティアリッジ、ダンディジュアン、
             ボナッティピラなどを登攀
 1996     8   2  労山全国連盟会長就任(第22回総会)
 1998    10   2  再任(第23回総会)

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ACHP編集部



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