さかのうえのこれのり
坂上是則

   ●(生没年不詳)
    坂上田村麻呂野間後・好陰(よしかげ)の子供と言われ、三十六歌仙の一人です。
    官歴は大和国権少掾(ごんのしょうじょう)大和国大掾、小内記、大内記を経て
    最終的には従五位下加賀介に至りました。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                      
    宇多・醍醐天皇時代の歌人で「亭子院(ていじのいん)歌合での活躍が記されています。
    また蹴鞠の名手としても知られていました。

    この和歌は「やまとのくににまかれりける時に、雪のふりけるをみてよめる」とありが、
    李白の「牀前看月光疑 是地上霜」という漢詩をもとに作られていると言われています。
    漢詩の影響の強かった古今時代の様子が見れます。
    

   ●『古今集』冬・三三二に収められています。






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