●生没年不詳 一〇世紀初めの頃の法師と言われます。 『今昔物語』では「敦実と申しける式部の宮(宇多天皇の皇子敦実親王)の 雑色(雑役をする身分の低い召使い)」であると言われてたり 『平家物語』やその他中世以降の語り物では醍醐天皇の第四皇子と伝えられたり 『新古今集』の時代には逢坂の関の辺りに住んでいる盲目の琵琶の名手であるなどと、 伝えられていますが、様々な伝説や諸説ばかりで、詳しいことはわからない人物です。 この和歌は『後撰集』雑一・一〇九〇に収められています。