のういんほうし
能因法師

   ●(九八八〜一〇五二年頃)
    俗名:橘ながやす。もとやすの養子。実父は橘忠望と言われています。文章生となり
    肥後進士と号しました。二六才頃出家し。摂津国住み古曾部入道と呼ばれました。
    法名は初め融因と言いました。歌を藤原長能師事、歌道で師弟関係の最初にできた
    と言われます。
   
    能因法師の逸話のなかで『古今著聞集』にある白河の関の逸話が有名です。
    都にいながら「都をば霞とともに立ちしかど秋風ぞ吹く白河の関」という歌を詠み、
    実際に旅に行ったように見せかけるために、人に知られないように家にこもり、
    いかにも旅に奥州への長旅で日に焼けたように顔を軒先に出して焼いて、やがて
    人々に奥州旅行に行ったときに詠んだ歌として披露したそうです。
    
    この和歌は「永承四年内裏歌合によめる 能因法師」という詞書があります。

   ●この和歌は『後拾遺集』秋下・三六六に収められています。






[百人一首へ]