ちゅうなごんあつだだ
権中納言敦忠

   ●(九〇六〜九四三年)
    藤原時平の三男で、母親は在原棟梁の女。
    十二歳で昇殿を許され、蔵人頭、参議を経て、従三位権中納言となりました。

    また琵琶の名手として知られ、琵琶中納言とも呼ばれていました。
    敦忠の死後に催された管弦の集まりで奏者の 博雅三位(はくがくのさんみ)が
    欠席して、集まりが中止になりました。
    人々は「権中納言が生きていれば、三位など重用されなかったのに、琵琶の
    妙手が少なくなって寂しいことだ」と嘆いたそうです。

        右近から離れていた敦忠は、すでに新しい恋に燃えていたようです。
    この和歌は初めて契りを結んだ後朝(きぬぎぬ)の後に贈った歌です。

    
   ●この和歌は『拾遺集』恋二・七一〇に収められています。






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