こうこうてんのう
光考天皇

  ●(八三〇〜八八七年)
   仁明天皇の皇子。母は藤原沢子。陽成天皇の後、五五歳で即位して仁和の帝とも呼ばれます。
   前詞には「仁和の帝皇子におましましける時人に若菜を給ひける歌」とあります。
   親王ともあろう人が、臣下のために野草を摘むという姿には、違和感がありますが、
   即位まで不遇の時代を過ごしていました。
   妃自ら買い物に出かけていた程の質素な生活を送っていた頃に詠まれた和歌です。

   即位しても不遇の頃を忘れないようにと、身近で煮炊きをしてたので、
   御所もすすで黒く汚れてしまったので「黒戸の御所」と呼ばれていたと伝えられます。

   この和歌は『古今集』春上・二一に収められています。。






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