かきのもとひとまろ
柿本人麿

  ●生没年不詳
   伝承では岩見国で(645〜649頃)に、大和の国から下った柿本という一族の者と、
   それに従った語り部の綾部氏の娘との間に生まれたという伝承が広く伝わっています。
   慶雲2年(708)、国司として石見高津に赴任、死の年まで京と石見 を行き来しました。
   万寿3年(1026)の大津波によって水没したと伝えられている鴨島こそ、
   柿本人麿終焉の地と考えられています。
                                       
   持統天皇の頃に活躍したといわれる『万葉集』最大の歌人です。
   宮人歌人であったので、折々御幸に同行して、
   天皇をはじめ、皇族に歌を捧げるのが仕事でした。
  ●この和歌は『拾遺集』恋三・七七八に収められています。








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