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●生年未詳〜九〇七年) 按察使藤原富士麻呂の子で、右兵衛督、従四位上という中級官僚でした。 能書家として空海と並び称され京都神護寺の鐘銘にも彼の筆跡が残っています。 三六歌仙の一人です。 この和歌は詞書に「寛平御時きさいの宮の歌合のうた」とあります。 この歌合は宇多天皇の母・班子が主催したもので、『古今集』撰進のきっかけに なったほど重大な意味を持つ歌合でした。