Pulau Tuba トゥバ島に渡る


Kuahの波止場の一画にある渡島ボート用桟橋を離れた小さな10数人乗りのボートは、Kuah海峡を横切って20分ほどで Tuba島の海に突き出た桟橋に着きます(下左の写真)。この小型ボートは途中よく揺れるししぶきがかかりますから、ビニールシートで覆うタイプのボートもあるけど、雨の日の航行は相当濡れる覚悟が必要ですね。

島の桟橋 桟橋のボート

このTuba島の桟橋は浜が遠浅のせいか沖にものすごく長く突き出しています。写真でおわかりのように、ボートから見た桟橋の乗降場は、「おー」と思える海の真ん中にあります。その乗降場はボートが揺れることと足元が滑りやすいことから、見た目とおり安全とは言い難い乗降場です(上右の写真)。

さてこの桟橋の長いこと、500メートル以上はあるのでは。陸の桟橋の付け根がかすんで見えるくらいの長さです。ところどころ小さな穴がぽっかり開いた木の桟橋は歩いて5分はかかります。雨の日、吹きさらしのこの桟橋を歩くのはさぞかし濡れることでしょう。後で聞いてわかったのですが、島には3つの小学校はあるけど中高校はないので、生徒は毎日この桟橋を渡って通学するわけです。

桟橋のバイク 島への入り口

そこでランカウイ島へ渡るとか通勤している男たちは、上の写真のようにバイクをずらっと桟橋上に駐輪させています。その数実に数十台、乗降場から桟橋に上り、駐輪してあったそれぞれのバイクに乗って、男たちは桟橋を駆けて陸地に向かいます。荷物を抱えたり2人乗りしたりとそのスタイルは陸上とかわりません。

桟橋の陸地に達する間際に「ようこそTuba島へ」と書かれた写真の門が建っています(上右の写真)。さて陸地に着き、T字道路を左に50mも進めば、雑貨屋と大衆食堂兼茶店が数軒ある小さな部落Kampung Tubaです。この部落が島一番の大きな部落とか、そこには役所の支所と銀行の主張所もありますからなるほど。

のんびりとした島の部落

山羊が寝ているここだけみれば何の変哲もない田舎の島の村です、右の写真は民家の庭のテーブルで山羊が寝ています。のどかですね。家の脇の小屋に書かれた文字を読むと床屋だそうです。

道側の建て札に Motelの字がありましたので、その当たりをうろついて探してみると、浜辺に面して安宿がありました。尚 Motelとは安宿のことです。

ちょうど男2人が庭にある椰子の木の椰子取りをしていましたので(左下の写真)、喉も渇いていたことですし、さっそく尋ねました、「その椰子飲んでもいい かい?Bolehkah Minum Kelapa it?」 「Boleh いいよ」との返事なので、1個取ってもらいました。若い男がさっそく斧で椰子の実を削って飲み穴を作ってくれました。木から取りたての椰子の実を、椰子の木の下のテーブルに腰掛け実からそのまま飲む、これは決して豪華なひとときではありませんが、まこと南の島らしい”豊かな”ひとときです。

椰子の木 椰子のみ

浜辺は遠浅で、砂浜にはゴミが散らかっておりあまりきれいではありません。水は濁っており泳ぐには無理でしょう。でもこのテーブルに腰掛けぼんやり海を見ているのも気持ちいいものです。遠浅の浜には小さな漁船が何漕も停まっています。漁は早朝だけだそうです。

この椰子の実を買った、実質は金をうけとらなかったのでただ、椰子の木は安宿Faridzlan Motelのものです(上右の写真の奥に写っています)。にトイレシャワーの付きの質素な部屋は1泊RM45だそうです。何でもオーナーは元有名サッカー選手とか、そのため事務所にはその写真が飾ってありました。

農村風景

水田 部落

島はランカウイ諸島の中でも3番目に大きい方ですが、観光化はまったく進んでないようです、このMotelも部屋数わずか10室ですし、他に同業は1軒あるだけみたいですから。事実そのあと若い男に頼んで、バイクの背に乗って島内の一部を回ってみましたが、道はほとんどバイク程度しか通れない道幅で舗装も一部分です。住民は5千人ほどと思ったより多いのですが、観光という面ではまったく開発されていないのです。

ランカウイ島から半時間ほど離れただけで、農業か漁業だけで生活する住民が住むこういう島が残っているのは、ある意味ではほっとし、方や不思議に思いました。

99年1月14日