中国正月の終わりと獅子舞


獅子舞12月11日、つまり旧暦の1月15日ですが、にようやく中国正月が終わりました。この日をChap Goh Mehといって、ライオンダンスつまり獅子舞で中国正月最後を祝うのです。屋台は休みになり中国系商店は早じまいします。

中国正月はいつもながら”ながい”という気持ち抱きます、というのも12月末から毎日中国語ラジオ局からは新年歌が流れ、新年以後は連日”新年快楽”の挨拶をが聞こえてくるからです。

筆者の住む下町は圧倒的な中国人地区ですので、今回もChap Goh Mehに当る2月11日は、どらと太鼓の音が朝から響いていました。それは各氏族グループとか同族公会の若者が、獅子舞を地域の店や商店街を訪れて披露するからです。

獅子舞2日本の獅子舞と違って、こちらの獅子舞はアクロバット的要素をもっており、2人で1頭の獅子を構成します。平地で舞をひと通り披露した後、地面に立てた高さ1mから2m以上の踏み台(棒)の上で舞を踊るわけです。

見てると危ないと思えるほどの高さと動きですから、棒の下では常に、獅子舞グループ仲間が獅子舞方が落ちた時のカバーにあたっています。

写真は商店街の道路上で交通を止めて披露された獅子舞です。やっている獅子舞グループはもちろん見ている人たちもほとんど中国系ばかりで、下町ですから観光客などいません、これを見ても民族的つながりを強く感じます。
98 Feb.


中国正月とハリラヤプアサ−98年−


マレーシア中が,1月28日からの中国正月(写真は中国正月の飾り)と30日からの(断食月明けの)ハリラヤプアサを祝福しています。今年は3年続く2重休日 Gongxi Rayaの最後の年です。

垂れ幕中国正月もハリラヤも旧暦つまり太陰暦に基づいていますが、中国暦は農業に使うための農暦と呼ぶように、数年毎に閏月を挟むので、中国正月は太陽暦の1月と2月の間に必ずありますよね。
かたやイスラム暦は閏月などありませんので、太陽暦の中をどんどん逆に進んでいくのです。ですからハリラヤがクリスマスに重なりそのうちに夏に行われることになります。確か30数年後に1周してきます。

又同じ旧暦でもひと月の初めの考え方が、理論的な月が出ない日から始める農暦と、新月が観測されたら月の初めとするイスラム暦とは違いますので、月初が食い違うことにもなり、面白いですね。(右の写真:新年を祝う垂れ看板)

お祝い料理中国系マレーシア人は中国正月に合わせて少なくとも1週間は休むでしょうし、マレー人はハリラヤプアサに合わせて最低1週間は休暇ですので、マレーシア人口の8割以上が休みに入ることになります。そして都会から地方、田舎へと里帰りしてしまうのです。

したがって工場もオフィスも店も働く人がほとんどいなくなってしまうので、結局全部お休みなのです。もちろん警察や交通機関関やホテル関係者は働いてますが。
クアラルンプールに残った人はしばし静かな一時を味わうのです。
(左の写真:ショッピングセンター内でマレー料理の実演)

耳学問ながらこの年中行事を少しばかり説明してみます。

中国正月は、日本で正月を伝統的に祝う方法と違いはあるものの、基本的にそんなに変わらないのでは、というのが筆者の印象です。正月前に大掃除し、いろんな物を買い、お祝い料理(献立は違いますが)を準備します。大晦日は、都会に行った者を含めて家族全員が集まって晩餐を食べます。これが家族の絆を固める確かめる機会でもあるそうです。そしてゲームしたりテレビを見たりして午前0時を待つのです。伝統的スタイルだと新年の到来を爆竹などで祝うのですが、今は禁止されています。

元旦は子供たちはそれに未婚の青年も、アンパウ(紅包)という現金入りのお年玉袋をもらうのです。午後からは親戚友人を訪ね又は訪ねられるのです。これが2,3日続きます。さらに中国正月が正式に終わる15日、Chap Goh Mehと呼ぶ、まで知人親戚訪問をしてもよいそうです。この中国正月最終日に、最後の盛大な獅子舞が中国人居住地で行われます。

普通は単にハリラヤと読んでいる Hari Raya Aidil Fitri は、ラマダンが終わってイスラム歴10番目の月の開始を祝う休日です。苦しい(と思われる)断食月が終わったから、なおさらお祝い気分が盛り上がるようです。ラマダン月はムスリムの義務である Zakatを収める月でもあるのです。

ムスリムはハリラヤAidil Fitri 開始の朝モスクで祈りをささげ、その後身内の墓を詣でるそうです。このハリラヤに合わせて家族再集合のため里帰りするのは中国正月と同じです。おかげでクアラルンプールはずっと静かになります。そして家族全員が集まり絆を確かめ合い、過去のいさかいを許しあうのです。この時年功順に若い者が年寄りにぬかずくシーンをみます。

モスク、家々、そして政府の建物などはきれいに電気の光で装飾されます。お祝いは3日間ほど盛大に続き、オープンハウスといって、友人近所親戚が自由に訪れ挨拶をかわす一種のパーティを開きます。そこでマレー伝統お菓子類が振る舞われます。これらは理屈上はその(イスラム)月の末まで続けてもよいそうです。

こういう機会に招待されれば、マレーシア滞在がもっと意味多いものになるかもしれませんね。



二大祝日が一度にやってくる −97年−


97年の2月7日8日の中国正月(旧正月)と9日10日のHari Raya Puasa のダブルフェスティバルをマレーシア中が待ちのぞんでいます。人口の3割弱を占める中国系 マレーシア人が伝統的に最もお祝いする旧正月と、人口の 6割近くを占めるマレー人が断食月明けに祝うイスラム教の祝日Hari Raya Puasaがほとんど同時にやってくるわけですから、当然ですね。

ショッピング街の至る所には、GONXI RAYA などと書かれた幕などがかかげられ、お祭り気分を呼んでます。 このGONXI RAYA ということばは、辞書を開いても出ていません。 中国語で Gonxi Fa Cai という 新年の祝い言葉に マレーシア語の Hari Raya をくっつけた二重祝日を祝う造語です。

またこの3年間つまり1996年、97年そして来年もう一回、マレーシアの二大祝日がほとんど重なります。その後はイスラム歴の Hari Raya Puasaが先行していくので重ならなくなります。ただ30年後に又二重祝日がやってきます。

この理由は中国旧歴もイスラム歴でも大陰暦を用いるのですが、中国人の使う太陰暦は17年間に7回閏月をはさみますが、イスラム歴では閏月がなく毎年太陽暦の中を少しづつ早く進んでいくからです。だから Hari Raya Puasa は太陽暦の正月に近づいたり、クリスマスの前になったりするわけです。またイスラム歴は新月が観測されたらはじまるので、中国人の使う旧暦とも少しづれるのです。ややこやしいですな。

( Hari Raya Puasaについて詳しくは「今週のマレーシア」 97年1月から3月分をご覧ください)