◆超端折ってあるOberheimの歴史

 オーバーハイムの生みの親であるトム・オーバーハイムは1936年7月7日生まれ。大学で物理や音楽などを専攻、UCLA卒業後、計算機メーカーのエンジニアとして働いているとき、大学の友達ドン・エリスの依頼でアンプを製作。後にリング・モジュレーターも製作、そのリング・モジュレーターがミュージシャンの間で評判となり、結局Norin発売のMaestro名義でエフェクター製作に取りかかる。同時期に製作されたフェイズ・シフターは、年間3万台製造のヒット商品となり、オーバーハイムエレクトロニクス社を立ち上げる軍資金となったらしい。
 ARPのシンセのディーラー経験(ザッパもトム氏からARPを買ったらしい・・)を経て、コンピュータエンジニアでの経験を生かし、MoogやARPで使用可能なDS-2デジタル・シーケンサーを製作、そこでDS-2コントロール時はそれらのシンセが、鍵盤でコントロール出来なくなることに着眼し、DS-2用の音源モジュールとして小型のシンセサイザーを作ることを思い立つ。これがSEMとなり、Oberheimシンセサイザーの出発となる・・・。
 OB-X、OB-Xa、OB-8などを発表し何とか順風満帆(でもなかったらしいが)に、Matrix-12という未だに世界最高のフレキシビリティーを持ったアナログ・シンセを作るが、そこで事業が資金難になり、雇った弁護士に会社を横取りされたらしい(ただしこういう話は双方の意見を聞かないと本当のところはわからないもの・・)。
 その後トム氏のいないオーバーハイム社はギブソン傘下となり、サイクロン、システマイザーなどのMIDIアクセサリー、Matrix6、Matrix1000、OB-MXなどのマシンを発表していたが、Matrix1000以外はいまいちパッとせず。一応今でも存続しており、OB-3などのオルガンモジュールを出している。

 一方トム氏はというと、Marion Systems社(娘の名前からとったらしい)を立ち上げ、AKAIのS900の16bitアップグレード・ボードやMPCシリーズのSCSIボードの開発、販売、その他楽器メーカーのコンサルティングなどを経て、自社オリジナルのMSR2アナログ8ボイスシンセモジュールを発表するが、やっぱりどうもパッとしなかったようである。
 で、あってると思う・・。

 その後Marion Systems社がどうなっているのか定かではないが、96年から98年にかけてキーボードマガジンでコラムを書いていたし、99年のNAMMではSEA SOUNDという新会社でプリアンプなどを発表しているので、元気なのは間違いないと思われる。うれしい限りです(笑)。プリアンプと言うことは、もうシンセはこりごりなのか、原点回帰なのか・・。
 とにかくいつまでも頑張っていてほしい!!トム先生!!

1974年 Oberheim SEM 
巨大なコンパクト・エフェクター(変な日本語だ)のような白い筐体のSEM。冒頭で述べたとおり、シーケンサー用やMoogなどの拡張音源としての使用を見込んで製作された。ノコギリ波からパルス波まで連続的に切り替わるタイプの2VCOに、1VCAと、設定によりハイパスやローパスやバンドパス、ノッチとして使用可能な2極のマルチバンドフィルターの1VCFを搭載(エンベロープはADSタイプ)したモデル。
 SEMとしてでの使用で有名な物は、まずヤン・ハマーのトレードマークとも言える、ジェフベックと競演した「ワイアード」などのアルバムで聞かれるねちっこいディストーションサウンド。これはMiniMoogにSEMを重ねた物らしい。ただしヤン・ハマーという人は、相当のMiniMoogジャンキーでいろいろな改造をした、いくつものMoogを持っていたし、あのサウンドはMXRのコンパクトエフェクターやギターアンプで作るという話もあるので、単純にSEMを重ねればあの音になるかは多分に疑問ではあるが・・。他には、伊東たけし氏などが使用していた、初期のウィンド・シンセサイザーであるリリコンの音源としてよく使われた。伊東たけし氏のではないが、これは生で聞いたことがあり、すごく図太く暖かいサウンドであった。
 ちなみにSEMは“Synthsizer Expander Module”日本語訳すれば「シンセの拡張音源」というなんのヒネリもない名前の頭文字をとったもの。

1975年 Oberheim 2Voice、4Voice〜8Voice
 SEMを複数台をひとまとめにした物が、世界初のデジタルスキャン技術を使用した、デュオ・フォニック(1974年のKORGの800DVが初のデュオ・フォニック)以上のアナログ・ポリフォニックシンセサイザー、4Voiceとなる。
 2Voiceは、2つのSEMの設定を同じ値にする事で、同じ音色の2音を発音するが、4Voice以上は鍵盤横のプログラマーでSEMの音色設定が一括で出来る。このプログラマー部分は16のプリセットを記憶でき、スプリットなどの設定も可能だ。
 ちなみにこの2Voiceの技術を応用し、ARP2600のキーボードを2ボイス出力できる改造キットを作ったようである。それを後にARPが正式採用し3620キーボードを発売した。
 Voice分だけモジュールを納めるという、このあまりにアメリカナイズドな物量作戦シンセで有名なのは、ウェザーリポートの「バードランド」が有名。Studio Electronicsによってラックマウント化された2SEM使用のOB RackはPSY'Sの後期に松浦氏がベースやリードで使っている。

1977年 Oberheim OB-1
 SEMを1つの完全な形のモノフォニックシンセへまとめ直したような形のOB-1。ただしフィルターは2極、4極が切り替え可能で、ベンダーレバーも結構変わった形をしており、古いパチンコ台のような(若い人にはわからんか・・)ギミックをもっている。4Voiceなどのプログラマーはオシレーターなどは各モジュールごとに設定しなければならなかったが、このマシンは完全プログラマブルで音色をメモリー出来るようになった。

1979年 Oberheim OB-X
 わかりやすい順当な発想で(笑)、OB-1をポリフォニック化したようなOB-X。実際はProphet5の登場で、4Voiceの売れ行きが落ち始めたことに端を発していたようである。鍵盤は標準的な61鍵になり、後のXaやOB-8に通じる外観を持っているが、ベンダー部分にはこれらの機種が持っているような、LFOつまみやアルペジエーターボタン(OB-Xには機能として装備していない)などが無いため、以外とスッキリしている。メモリーは32まで拡張されたが、フィルターは2極にもどり、筐体の形こそしていないが、基盤になったSEMもどきをボイス分だけ拡張できるという、発想的には4Voiceを継承していて、各ボイスバージョンがありロアー・ボイスバージョンでも基盤を買い足すことで8ボイスにまで拡張できる仕様となっていた。

1981年 Oberheim OB-Xa
 基本的にはOB-Xのバージョンアップ版とも言えるOB-Xa。レイヤー、スプリットなどのキーボード・モードを8つまで記憶できるようになり、フィルターも2極、4極を選べるタイプになった。このマシンからMIDIの前身のようなOberheim Parallel Bussというインターフェイスが装備され、ポリフォニック・デジタルシーケンサーDSX、ドラムマシンDMXなどと同期コミュニケーションがとれるようになっている。
 OB-Xaを世に知らしめたのは、なんと言ってもヴァン・ヘイレンの「JUNP」に他ならない。あのシンセリフは、ハード・ロックにもシンセが良く似合うことを証明し、後のアメリカン・ロックの指針となり、影響を受けたたくさんの新しいバンドを生み出した。あのサウンド自体は、オーバーハイムのOBシンセならイニシャライズ・サウンドと言ってもいいくらい、ちょっといじれば、どうあがいても必ずあの音色が出来る。ただしOBシリーズは前期のマシンほどダーティーでガッツがあるため、OB-8になるともう少しだけ柔らかいサウンドになる。OB-Xaを含めそれ以前のマシンは、調整が面倒らしいが、よく調整されたOB-Xaは、まるで顔の目の前で音の形が見えるような、くっきりと輪郭を残しながらドッシリと鳴る、ガッツある心地よいサウンドであると、ある楽器屋の店主が言っていた。でもその店主でさえ、あとにも先にも、そのようなコンディションのXaはその1台だけだったとも発言している。

1982年 Oberheim OB-8
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1984年 Oberheim Xpander
 この機種でオーバーハイムは、“究極のアナログシンセ”の形を具現化したと思う。前年の83年はYAMAHAからDX7が発売された年であり、MIDI規格の幕開けである。デジタルシンセのセンセーショナルなデビューの陰で、オーバーハイムは、Prophetが登場したときのような緊張感を味わいながら、このマシンの開発にいそしんだのではないだろうか(案外のんびりしてたかも・・)。
 細かな仕様は、Xpanderの12ボイス鍵盤付きバージョンであるMatrix-12に任せるとして、この6ボイスのXpanderは100のメモリー、コンセプト的にはSEMから脈々と受け継がれている「拡張音源」を貫いており、時代を反映するMIDIの搭載と6ボイス分のCV/GATEを搭載している。
 Xpanderの使い手は、その音のすばらしさ故に数多だが、その中でもTOTOのスティーブ・ポーカロは、シンセの教則ビデオのなかで(多分リットーが販売していたような・・ずいぶん昔なので・・)、このXpanderを使い、有名なTOTOホーンの作り方を交えながら、シンセの使い方を楽しそうに説明していた。

1985年 Oberheim Matrix-12
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-トム先生が去った後のOberheimシンセ-

1986年 Oberheim Matrix-6、6R、 97年 Matrix-1000
 この3機種は音現方式自体は全く同じもの。1ボイスあたり2DCO(カタログなどでは、“Analog Voice”と表現し、かなりDCOを使っていることを隠そうとしている節がある:笑)を持つ6ボイスシンセサイザーで、Matrix-6が61鍵のキーボードタイプ、6Rはそのラックマウント版(エディットはどちらもパラメータ呼び出し方式)、Matrix-1000はそれを1Uにして価格を下げ、800プリセットと200のユーザーメモリーを装備したもの。1000本体では音色エディットが出来ず、コンピュータなどの音色エディタソフトでサウンドメイキングをするようになった。“Matrix”の名はついているが、ある程度ルーティングの決まったモジュレーション方法をとっており、XpanderやMatrix-12ほどのフレキシブルな「Modulation Matrix」は装備していない。ただしMatrix-1000は、定価で9万円程度、安いときは6万円台で買えたのと、1000コのプリセットというお手軽な使いやすさで、結構日本でも使っている人が多い。これはイギリスから「Cheetah MS6」というMatrix-1000にとてもよく似たタイプのマシンが後追いで出たことからも、その人気の高さが伺える。結構息も長く、最後には一時期生産されていたホワイトカラーのMatrix-1000を、OB-Mxの色に合わせ、最終版として再出荷していた。もしかしたら今でも新品が手にはいるかもしれない。

1993年 Oberheim OB-Mx
 会社がゴタゴタしていた為か、発表自体はこのずいぶん前からされており、結局出荷まではいくらかのデザインチェンジがあり3年の月日が流れている。基本2ボイスからボード拡張で12ボイスまで拡張できる点は、往年のOberheimマシンの考え方を継承している。VCFもMiniMoog型とSEM型の特性を持ったフィルター部を持っており、そのフィルターをMiniMoog型からSEM型へシリアル接続することも可能なようだ。この辺りは、白という筐体の色といい、フィルターの考え方といい、かなりSEMの頃を意識していたのだろう。「つまみ付きラックマウント」の考え方はイイ線いっていると思うが、YAMAHAのSY、RolandのSCやJD800やJV80、KORGの01/Wといった、多機能なマルチティンバー・デジタルシンセが目白押しである時代背景を考えると、新製品とはいえ、60万円近いオールド型のアナログシンセはあまりにも不幸な時代といえるだろう。



-Marion Systemsのシンセ-

1996年 Marion Systems MSR2
 Marion Systemsの最初のシンセサイザー。1Uのモジュールの中に、8ボイスで1ボイスあたり2つのHRO(ハイレゾリューション・オシレーター)、シンク、ノイズ・オシレーター、2/4極のレゾナンス付きVCF、VCA、外部インプットを備えたシンセサイザー基盤が入っており、もう1枚シンセサイザー基盤をそのモジュールに増設 する事が出来る(ASMと呼ばれていた)。成功した暁には、違う音現方式のモジュールも念頭に置いていたようだ(すばらしい考えッスよトム先生っ!)。しかし、かなり前から新会社でシンセを作っているらしい噂はたっており、かなり期待感は大きかったが、いざ発表されてみると期待が大きかったせいか、もうこの手の音源は時代が呼んでいなかったか、あまり大きな盛り上がりもなく終息した。外国の有名なシンセ・サイトに行っても、MSR2の記述は極端に少なく、やはり人気がなかっただろう事を裏付けている(悲)。増設の考えを捨て価格を抑え、純粋に8ボイスのシンセサイザーで1Uのみのモデルも出たようだが、こちらは佐々木自身は実物を見ることもなくカタログから消えていた。
 ちなみに日本のカタログのうたい文句はこう・・・。
“ミュージシャンたちの要求に応えたトム・オーバーハイムの「解答」”
“もし、シンセサイザーを消費材としてお考えのあなた、ぜひ、MARION SystemsのMSR2をお試しになってください。これさえあれば、あなたはもうシンセサイザーを買う必要がなくなるわけではありませんが、少なくとも捨てる必要のない初めてのシンセサイザーを手に入れることになるはずです。”

ちょっとだけ弱気?・・・う〜ん、早過ぎたっすよトム先生!これが今で、もう少し日本の景気もよけりゃぁ、もっといったっすよ!先生!がんばれぇ〜!




-で・・・、その後・・・-

 1999年のNAMM、MESSEではかなり劇的な変化が見られる。まずトム先生だが、先に書いたとおり、1999年のNAMMで、なんとSEA SOUNDなる新会社を設立!プリアンプを発表しておられる。マ、マリオンはぁ?インターネットにはカンパニー・サイトもないので、今の所調べようがありませぬ・・。もし潰れているとして、うがった見方をすればMSRがあまりにも売れなかったので、ちょっとだけ売れたMSRのサポートをするのが面倒になり新会社にした?などとも考えられる(これってメーカーにとっては、すっげー面倒くさい事らしいよ)。まぁイイや。 トム(タメ語)だから。

 一方Oberheimの方も1999年のmusik messeでついに新シンセサイザーを発表している。ずっとオルガンモジュールやマスター鍵盤しか発表しておらず、佐々木も「もー出ねぇだろぉ?DJ機器かDTMの時代だもんよ、ムリだよギブソン・オーバーハイムじゃぁ。予算おりねぇよ」などと思っていたので、かなりびっくりした。この日本の景気の悪さに反してアメリカの好景気を反映しているのだろうか・・・。発表ではバーチャル・アナログ音源らしく、61鍵でスライダーとボリュームつまみを多数配している。ベンド・ホイール(やっとホイールになったか)の下にはリボン・コントローラーもあり。その名も“OB ・12”!!いやぁ〜ヒネリが全然ないっ!ただショーケースの中での展示だしOB-Mxの経緯を考えると発売はかなり後か?悪くはないが「価格が安い」「見たこともない機能がある」「聞いたこともない音が出る」「Moog以上にめちゃめちゃ音が太い」などのセールスポイントがなければどのみち難しい機種だと思われる。もし発売されてもこれらのセールスポイントがなければ、日本の代理店がつくことはまずないのではないだろうか?まぁ今はネット時代なので個人輸入も大いにアリの世界ではある。


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